天城との休日
「こんにちは天城さん。こんなところで奇遇だね」
「う、うん。すごい偶然。あはは……」
めがね越しの瞳がきょろきょろ動く。天城の愛想笑いとか初めて見たぞ。これはけっこうレアかもしれない。
「見てた、今の……?」
「なんのこと? ちょうど今きたとこだけど」
ばっちり見ていたが、ここはひとつ黙っておく。ああいうのは、他人が思う以上に自分のなかで恥ずかしかったりする。電柱にぶつかって「ごめんなさい!」と謝った瞬間を誰かに見られたときとか。ましてや、それが同級生だったらなおさらだ。
「よかったぁ……じゃなくって、べつになにもないけどね。ふつうにお買い物してただけだし」
証拠を見せるように小さな紙袋をかかげる。表にはこのモール内にあるベーカリーショップのロゴ。テレビにも紹介されたことがある人気店だ。とくにメロンパンがうまいと評判。
「天城さんはバイト帰り?」
彼女の格好を見てそう訊ねた。本日は白のブラウスに黒のロングスカートというシンプルな装い。
「ううん。ちがうよ。あたし、ふだんはこの格好がデフォなんだー。学校では特別」
「へー」
「宮内くんもお買い物?」
「ああ、妹といっしょにな」
「妹?」
俺はさっきから背中に隠れている透佳の肩を押して、天城の前に立たせた。
「……あう」
透佳の人見知りが発動している。
そういえば、俺と同年代の人と対面するのは初めてかもしれない。しかも相手は女神と呼ばれるほどの超絶美少女。透佳が怖気ずくのも無理はなかった。
助け船でも出してやろうと、俺は身をかがめる。しかしそれよりも早く、天城が腰を落とした。透佳と同じ目線になって優しく語りかける。
「天城広乃です。お兄ちゃんとは同じ学校の友だちです。よろしくね」
やわらかな声色に、どきっとした。
お兄ちゃんと呼ばれたことへのむず痒さ。それ以上に、なんの臆面もなく友だちだと言ってくれたことに、へんな安堵を覚えてしまった。
透佳もそれを感じたんだろう。強張っていた肩がゆるんでいくのがわかった。
「みやうちとうかです。五さいです。よろしくおねがいしまう」
ぺこりとお辞儀。
最後は緊張のせいか噛んでしまったけれど、十分よくできた。花丸シールがあったらはってあげたい。
「可愛いっ!」
ひし、と天城が透佳に抱きつく。
透佳はわぷわぷ言いながら、その大きな双丘に顔をうずめていた。
「ごめんねっ、急に抱きついちゃって。透佳ちゃんは大丈夫? 痛くなかった?」
「うん。へーきっ。ひろのお姉ちゃんいい匂いする」
「お、お姉ちゃん……っ! 初めて言われた!」
なんだかえらく感激している。天城は一人っ子なんだろうか。
そのあとも、二人は楽しく会話をしていた。気まずさがあったのは最初のみ。あまり人になつかない透佳がこうも簡単に攻略されるとは。さすがは女神だ。お兄ちゃんも気をつけよう。
「可愛いなぁ。あたし、ずっと妹がほしかったんだよね」
「とうかも! おねえちゃんがよかった!」
「そうなんだ~。じゃあおそろだね」
「おそろー」
こうして見ると、ほんとうの姉妹みたいだ。
あと妹よ、その言いかただとお兄ちゃんが要らないみたいに聞こえるからやめようね。日本語ってこわい。
仲睦まじい二人の天使を見守っていたら、その片方にTシャツの裾を引っ張られた。
「おにい」
「どうした?」
「あれ食べたい」
小さな指が示す先にはクレープ屋の看板。
俺はスマホで時刻を確認する。16時15分。微妙な時間だ。
「今からだと夕飯食えなくなるしなぁ。さっきアイスも食べたし」
透佳はしゅんと肩を落とす。
いつもならこの時間にこんなことは言わない。だが今日は天城といっしょだ。彼女とまだ遊んでいたいのかもしれない。
罪悪感に苛まれていると、
「ね、宮内くん」
天城にこそっと耳打ちされた。
「っ」
心臓がとまるかと思った。
背伸びした天城が、俺の肩に手をついて、こしょこしょとなにか伝えてくる。
「こうしない? みんなで分け合って食べる。そうすれば夕ご飯も大丈夫でしょ」
「天城さんはいいのか。時間おそくなっちゃうけど」
「あたしはへーき。じつは一人暮らしなんだよね。あんまり学校の人には言ってないんだけど」
天城の実家が厳しいことは、一部の生徒のあいだで噂されていた。天城はプライベートな誘いを、家の用事を理由に男女関係なく断っていたから。
学園の女神は謎が多い。
「じゃあわるいけどお願いしてもいいか?」
「もちろん!」
天城は透佳の肩に手を置く。
「透佳ちゃん、みんなでいっしょにクレープ食べない? それならお兄ちゃん許してくれるって」
「いいの?」
俺は鷹揚に頷いた。
「いいよ。今回は特別」
「やった!」
ぴょんぴょん跳ねながら喜ぶ透佳を見て、俺は天城と微笑みあった。
たまにはこういう休日も悪くないなと思った。
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