天城広乃とプライベート


 二日後の日曜。俺は妹の透佳とうかをつれて地元のショッピングモールにきていた。


「あー、たれてるたれてる」


 溶けだしたアイスがコーンから伝い落ちる。俺はあわててティッシュで受け止めた。


「だから言っただろ。ダブルじゃなくてキッズ用にしとけって」

「とうか、きっすひゃにゃいもん」

「五歳児がキッズじゃないなら、この世はおっさんだらけだよ。あと食べながらしゃべらない」


 ピークを過ぎたフードコートは、午後三時半という時間もあってかそれなりに学生も多い。みんな楽しそうにそれぞれのグループで歓談していた。

 せっかくの休日に妹の子守り。人によっては同情の目を向けるやつもいるかもしれないが、俺はこの時間がそんなに嫌いじゃなかった。


「おにい、あーん」


 透佳がアイスを差し出してくる。どろどろなので正直食べたくはないが、しかたなく口に含んだ。


「おいしー?」

「世界一うまい」

「ならぜんぶあげる」

「結局残すのかよ」

 

 透佳は俺の十二歳年下で、今年で五歳になる。

 性格は俺に似て温厚。地頭よし。器量よし。見た目よしの三拍子そろった美少女だ。

 唯一似ていないところといえば目の輝きくらい。俺が田んぼの水の濁り具合なら、透佳は富士山の伏流水なみの透明感がある。


 透佳はむふーっと満足そうに息をはくと、俺のひざに寝転んできた。


「行儀わるいからやめなさい」

「やぁ」

「みんな見てるから。ほら起きる」


 若い夫婦が俺たちを見てくすくすと笑う。透佳と同い年くらいの女の子が、母親のとなりでゲームをして遊んでいた。それを透佳は、俺のひざに座ってじっと見つめていた。

 

 うちは両親共働きで休日にほとんど家にいない。だから月に二度、俺が自宅から少し離れたこのショッピングモールまで、透佳を遊びに連れ出している。


「透佳は幼稚園に友だちとかいるのか?」


 以前から気になっていたことを訊いてみる。

 わりかし人見知りをする性格だ。まわりの子とうまくやれていないんじゃないかという懸念があった。

 仲のいい子がいれば、今度はその子も誘ってここにくればいい。もしいなかったとしても大丈夫。友だちなんかいなくたって、世の中は案外楽しめるようにできている。一人遊びのプロがここにいるんだ。そんなときは、どんとお兄ちゃんの胸を借りればいい。

 

 そんなことを思って話しかけてみたが、本人の返事は意外なものだった。


「いるよー。みきちゃんでしょ、よぞらちゃんでしょ、かなでちゃんに、まーちゃん。あと、たいようくんに、こーくん」

「ん、んんー?」


 思ったより多いな……。

 俺に似ていない部分がまだあったようだ。お兄ちゃん、透佳に友だちがいっぱいいて嬉しいよ。最後の男二人を除いてな。


「なんだたくさんいるじゃん。たまには休みの日に友だちと遊んでもいいぞ。俺、送り迎えするし」

「でも、おにいがひとりになっちゃう」


 あれ? もしかして俺が同情されてる? 子守りならぬ兄守りをされていたのは俺のほうだったらしい。なんだろう。泣きたくなってきた。


「おにい」


 もはやビターチョコと化したアイスのコーンをもそもそ食べていると、透佳に袖を引かれた。


「あそこにへんな人いる」


 俺の後方を指さして言う。


「透佳、失礼だぞ。知らない人にそういうこと言っちゃ」


 と言いつつも、視線の先を追ってみる。

 黒髪黒目の黒縁めがね。ひと昔前のおさげスタイル。


「……天城?」


 思いっきり知ってるやつだった。


「なにしてんだろ」


 フードコート向かいのゲームコーナー。

 そこに並ぶクレーンゲームの前で、天城は行ったり来たりを繰り返していた。腕を組んだり、肩を落としたり、コインの投入口を見つめていたり。たしかに挙動がおかしい。


「……」


 しばらく観察していると、後ろで順番待ちをしていた親子に声をかけられた。

 天城はねこみたいな反応速度で、びくりと身をのけぞらせる。父親が申し訳なさそうに会釈をすると、天城はさらに申し訳なさそうに何度も頭をさげた。どうやら、ゲームをプレイしてもいいか訊ねたようだ。

 順番を譲った天城がとぼとぼと歩いてくる。全身に悲壮感を漂わせて。

 なんだこの切ない光景。


「み、宮内くん!?」


 やべ。

 見入っていたせいで、本人に気づかれることを考えていなかった。

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