10.価値

わたしの受験番号は、その大学の合格者リストにはなかった。何度目をこすっても、何度受験番号を打ち込んでも、そこにあるのは無機質な「不合格」の二文字だけだった。わたしは、ただレベルの低い理由で勉強したからか、それとも、心から望んでいなかったからか、志望大学に落ちた。

「どうして……どうしてこんなことになるの……」

携帯電話を握りしめたまま、わたしは声にならない悲鳴を上げた。両親に怒られるのが怖くて、嫌々ながら机に向かっていた日々が、走馬灯のように頭の中を駆け巡る。そして、そのすべての努力が、無意味だったという現実が、わたしに重くのしかかった。

こんなのなら、頑張りたくなかった。

家に帰ると、母がリビングで待っていた。わたしの顔を見るなり、母の表情がこわばる。わたしは何も言えずに、ただ俯くことしかできなかった。

「……落ちたのね」

母の声は、まるで氷のように冷たかった。わたしの代わりに父に連絡をして、数分後、玄関のドアが乱暴に開けられる音が聞こえた。父は、見るからに怒りで顔を赤くしている。

「三葉!どういうことだ!お前、なんで落ちたのか!」

父の怒鳴り声が、家中に響き渡る。わたしは身をすくめて、震えながら答えた。

「申し訳ありません……許してください、わたし……」

「謝るな!お前は一体、何のために勉強していたんだ!うちの恥だ!」

父は、わたしを「恥」だと言った。その言葉は、まるで熱した鉄のようにわたしの心に焼き付く。わたしは、両親にとって、誇りであるはずの自分を、最も価値のないものにしてしまったのだ。

その後、両親はわたしを無視するようになった。わたしが話しかけても、返事はなく、ただ溜息をつかれるだけ。リビングにいると、わたしを視界に入れないように避けるのが分かった。まるで、わたしという存在が、最初からなかったように。

そんなある日、一葉がわたしの部屋に入ってきた。一葉は、いつも通り、わたしを嘲笑うような顔をしていた。

「三葉、お小遣い、しばらく没収ね」

「どうして……?」

「どうして、じゃないでしょ。うちの恥をかいた罰に決まってるじゃない。それに、三流大学に行くような子に、お金は必要ないの」

一葉は、わたしを蔑んだ目で見て、わたしの財布からお金を取り上げた。わたしは、何も言い返すことができなかった。一葉の言葉は、わたしが一番聞きたくない現実を、ありのままに突きつけていた。

わたしは、結局、両親が指定した大学よりもはるかにレベルの低い、世間から「三流」と見なされる大学に進学することになった。入学手続きの書類を渡された時、父はわたしにこう言った。

「こんな大学しか行けないんだったら、家を出ていけ」

わたしは、父の言葉に凍りついた。家を追い出されることの恐怖が、わたしを襲った。わたしは、この家から逃げ出したいと願っていたはずなのに、いざその可能性を突きつけられると、足がすくんだ。結局わたしは、両親の支配から逃れることができないのだ。

三流大学の入学式の日、わたしは一人で会場に向かった。周りの学生たちは、明るい顔で友達と話している。わたしは、みんなから一歩離れて、ただ俯いていた。わたしは、この大学に入ったことを、誰にも言いたくなかった。誰にも、わたしの失敗を知られたくなかった。

大学生活が始まっても、わたしの心は晴れなかった。授業に出ても、周りの学生たちが優秀な子ばかりに見えた。彼らは、わたしとは違う、自分たちの意志で、ゆめをもってこの大学を選んだのだろう。わたしは、この場所で、ただ時間を潰しているだけのように感じられた。わたしは、夢の代わりに、壊れた誇りを持たされている。

そんなわたしを、さらに追い詰める出来事が起こった。

ある日の夜、リビングで両親が話しているのが聞こえた。

「一葉は、大学院への進学も決まって、本当に将来が楽しみだね」

「ああ、それに比べて三葉は……」

父が溜息をつく。わたしは、壁の向こうで、ただ息を潜めていた。

「二葉も、ようやく婚約者を見つけてくれたしね。あとは、三葉だけだわ」

母がそう言うと、父はまた深く溜息をついた。

「三葉には、将来というものがまったく見えないな。どうせ、ろくな人間にならないだろう」

「本当に、将来が心配だわ」

二葉の婚約者の話を聞いて、わたしは胸が締め付けられるような思いがした。二葉は、わたしと違って、きちんと愛されて、幸せな未来を手に入れようとしている。二葉は、わたしよりもずっと前に、両親から褒められていた。その優しさが、わたしを苦しめていた。しかし、二葉は、両親から与えられた幸せを、きちんと手に入れたのだ。

わたしは、両親から、将来を期待されるどころか、絶望されている。一葉のように優秀でもなく、二葉のように別の未来を用意されてもいない。わたしは、この家族の中で、一番価値のない存在だった。

わたしの未来は、真っ暗だった。わたしは、このまま、誰にも愛されず、誰にも期待されず、一人で生きていくしかないのだろうか。わたしの心は、深く沈んでゆく。

そして、わたしは、この家にいることが、あまりにも辛くて、逃げ出したくなった。しかし、逃げ出す場所も、勇気も、わたしにはない。わたしは、この絶望の中で、ただ息をしているだけだった。

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