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【 異世界 】


3つ上の兄貴に憧れて、小学校4年の時に野球を始めた。中学高校とチームの主力として活躍した兄貴に比べ、中学までの俺は足が速いだけの普通以下の選手だった。

4つ上だった姉貴も高3の時にはテニスのシングルスで県大会のベスト8まで勝ち上がり、スポーツ推薦でテニスの名門大学に進んだ。

大柄な親父や兄貴と違って、小学生の俺はチビで、中学生になってようやく平均値に届いた。

中学3年でやっとセカンドのポジションを掴んだ俺の打順は7番だった。俺の中学最後の大会は県予選の3回戦で負け、3試合で内野安打1本だけだった。

なので兄貴みたいに甲子園を目指すような高校へは当然入れなかった。


あの日は卒業式の翌日だった。


中学でチームメイトだった伊藤公哉と二人で県営球場まで自転車を漕いだ。ペダルをフル回転させても家から1時間はかかる山の中腹。そこで入学が決まっていた高校の試合があった。

あれは確か8回表だったと思う。

天地が轟き、グラウンドがグチャっと歪んだ。そのあとずいぶんと長い時間、外野席の芝生に這いつくばっていた。


そして ……


悪魔の慟哭のような地響きを聴いた。



〜 誠実な人だった 〜


〜 太陽のように明るい人だった 〜


〜 綺麗な娘だったよね 〜


〜 強肩強打のキャッチャーでリーダー的存在だったよな 〜


・・・・・・


〜 前を向け涼介 〜



〜 未来を切り拓け 〜



〜 きっと天国の家族が守ってくれてるよ 〜



〜 お父さんみたいな立派な男にならなきゃな 〜



〜 そんなことじゃ、死んだ両親が悲しむぞ 〜



〜 お姉さん、お兄さんの分まで精一杯生きなきゃね 〜



〜 学校に通えない被災者だって、たくさんいるんだからお前は幸せな方だよ 〜



・・・・・・



〜 悲劇のヒーローか 〜



〜 自衛官って3人しか死んでないのにずいぶん大袈裟な報道だよな 〜



〜 マジ不公平 〜



〜 消防士なんて、いったい何人犠牲になったと思ってるよ 〜



〜 地元の消防団とか、教師とか市の職員とかに比べて、国民を守るべき自衛隊がほぼ無傷ってなんかおかしくね ? 〜



〜 あれは小学校でたまたま誘導してただけだろ ? 100人以上の命を救った英雄とか、話盛りすぎだし 〜



・・・・・・



〜 あの家の子供たちって昔から結構ヤンチャだったよな 〜



〜 いろいろな噂聞いてるよ 〜



〜 鴻野遥介ってキレるとヤバい奴だったって。気に食わない事があると野球部の後輩を手当たり次第にボコボコにしていたらしいし 〜



〜 テニス部の鴻野愛菜って確か、やりマン疑惑あったよな 〜



・・・・・・



もう ……



どうでもいい



震災後、一人取り残された俺は飛び散るクソS N Sに塗れながら、無限に広がるコメントを延々と見つめていた。




5日後 ⋯⋯


俺は愛知県華原市にある藤沢の家にいた。藤沢慶は同じ歳の従兄弟 ……慶の父親と俺のおふくろは兄妹だった。

慶の親に推められるまま、慶と同じ華原高校に通う事になった。慶の家は、父親が自動車メーカーのエリートらしく、絵に描いたような上品でお洒落な4人家族だった。

両親も慶も、2つ下の妹、すずちゃんも俺に対して一切の偏見も、被災者扱いもなく自然に、普通に接してくれた。

俺だけ死なず、俺だけきれいな部屋を与えられ、俺だけ環境のいい学校に進んだ。


〜 学校に通えない被災者だって、たくさんいるんだからお前は幸せな方だよ 〜


なので、この書き込みは事実だ。


だた俺は ……たった5日間で経験した目まぐるしい変化と、藤沢家の優しさと、置き去りにされた絶望とをうまく自分の中に収納出来ずにいた。


まるで都合のいい異世界での再出発。

それは、親父とおふくろ、姉貴、兄貴を裏切るような現実であり、俺のメンタルは後ろめたさだけでいっぱいだった。






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