15歳春 1
【 口が不器用 】
「パパは戦争がお仕事 ?」
昔、小学生の俺は自衛官の父親にそんな質問をしたことがあった。
瞬時に気の利いた返しが出来るおふくろと違い、親父のコメントはいつも堅くてつまらなかった。コミュ力が欠乏していたとも思わないけど、咄嗟の返しが明らかに苦手そうだった。
たぶん真面目過ぎたせいだと思う。人の言葉を重く受け止め過ぎてる。なので、すぐに考え込んでしまい気の利いた返しが出来ない。
小学生の息子に「戦争がお仕事 ?」って問われて絶句して、黙り込んでしまった。
たぶん小学生の言葉を重く受け止め過ぎた。
洒落の利いた返しなんて、とても出来ない男だった。
その数年後のこと ⋯⋯
中2の夏 ……6月だったか、あの年も東北地方で記録的な豪雨災害があった。
親父は何日も家を空けた。
姉貴も兄貴もいつも口下手な親父をイジって楽しんでいたけど、こんな時は親父が無事で帰って来る事しか考えていない。そんなツンデレ家族だった気がする。
7月になって、珍しく家族5人が揃った日があった。
姉貴、兄貴が続けざまに高校生になると夕食はいつも誰かが欠けるようになっていた。その日は久しぶりのレアな一家団らんだった。
滅多に酒を飲まない親父がビールを飲んだ。たった一杯のビールで驚くほどのハイテンションで饒舌になった。珍しく災害救助で起きた感動エピソードまで話してくれた。
一週間、停電が復旧しない避難所の公園で、満天の星の下、子供たちを集めて即席のリアルプラネタリウムを開催した天体観測が趣味の隊員の話。
「私達は人の喜びや幸せを妬むほど落ちぶれちゃいない。皆さんはどうぞ楽しい時は笑い、嬉しい時は喜んで下さい。私達も一日も早く皆さんに追いつきます」
河川の氾濫で家を流された老婆の言葉。
そして ⋯⋯
親父は意を決したように俺の目を見て言った。
「日本の自衛隊は世界中で唯一、殺した人間の数より助けた人間の数の方が多い武装集団なんだ」
もしかしたら、アルコールの力を借りて吐き出した俺の問いに対する渾身の答えだったのかも知れない。シンキングタイムは5年超。
俺は素直にその答えを誇らしい気分で聞いた。
「なら、武装する必要なくね ?」
当時高2だった兄貴が、たぶんウケ狙いで小賢しいツッコミを入れた。
親父の目がはっきりと点になったのを憶えている。
「確かに、災害救助に銃はいらないよね。あっ ! だったら災害救助隊を自衛隊と別組織にして、名前も変えたら人気の職業になるかも …安定の公務員だし」
高3の姉貴がさらに悪ノリして、ご機嫌だった親父のハイテンションが呆気なく消沈した。
「軍隊の厳しい訓練をやりながら、さらっと災害救助をするところがかっこいいんじゃない」
おふくろが親父のコップにビールを注ぎ足しながら、親父の代わりに最強のドヤ顔を作った。
一家団らんの翌年3月。
あの巨大地震がきた。
沿岸部にあった自宅は一瞬で消えた。
東北地方太平洋沖地震では、自衛官3人が死亡。うち1人は宮城地本所属の隊員で、地震発生直後、避難所となった小学校で被災者を誘導しているという報告があったが、その後連絡が途絶え、発生から3ヶ月たった6月☓☓日に遺体で発見された。
親父はたぶん何百という命を救った。
俺は1人になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます