第一話 暗殺剣 五


 頼蔵と下っ引きたちが現在の井馬道場のことについて情報を集めてきた。

 先代の井馬塙斎は浅山一伝流の達人で、人格者であり、根津近在の旗本御家人の子弟に剣術の指導をしていたが、五年前に流行り病で亡くなった。

 井馬道場の跡目を師範代の最上右平治もがみうへいじという実直者の浪人が継いでいた。

 しかし、そこへ井馬隆玄がやってきた。

 彼は井馬塙斎の実子であったが、若い頃に素行が悪くて、武家の子弟の門下生に指導と称して暴行をし、裏で町人の門下生から金を巻き上げるなどをしていた。

 それを知った父の塙斎は怒りのあまり隆玄を勘当し、道場から追放した。風の伝えでは東海道筋へ出て旅をし、宿場の町道場を荒らし廻ったという。ほかにも博徒の用心棒や、土地の悪党に加担して荒事をしてのけていたらしい。

「いわゆる、ごろつき浪人、ごろんぼ剣客という奴でして」

 頼蔵が呆れたように話す。

「なるほど……」

 井馬隆玄は、この道場の正統な跡継ぎは自分だと息巻き、道場主となった最上右平治と真剣の試合を挑んだという。

 果し合いの結果、隆元は凄まじい豪剣で最上を斬り捨てた。そして隆玄が井馬道場の当主にあがりこんだ。古くからいる門弟や、武家の子弟はほとんどが道場から去った。

 だがそれでも残る者が少数はいた。旗本の次男三男で素行のよくない者が隆元を慕い、やがて類が友を呼び悪仲間の武家のはみだし者や浪人者、門前町に巣食うヤクザ者が喧嘩用に剣術を習いに集まってきた。

「かつての先代が築いた清廉潔白な剣術道場も、いまでは悪党の巣窟に堕ちてしまったようですぜ。今では『ならず者道場』の異名で知られ、近所の者は近づきませんや」

 耳助が眉をしかめて報告する。

「しかし、ならず者道場といったって、たかだか浪人の集団にすぎませんや。それがなんでまた、なんで暮坂の旦那の命を狙ったんでしょうね?」

「おそらく、何者かがおれを殺したいほど憎み、井馬隆元の道場にいる剣客を金で雇ったんだろうな。なにせ町方同心ってのは、江戸市中の悪党どもの恨みの的だからな」

 暮坂が不敵に笑みをみせた。

「すると、井馬道場では裏で、金で雇われる殺し屋をやっているかもしれねえと?」

「ああ、ごろつき浪人の飯塚や乾だが、蕎麦屋の支払いはちゃんとしていた……つまり金づるはあるということだ。頼蔵、道場を張り込んで、裏で糸を引く奴を炙りだそう」


 暮坂外記は頼蔵らを見張らせ、三日後、奉行所の帰りに頼蔵の報告を受けた。

 外記は近くにあった居酒屋に頼蔵をよび、一杯やりながら報告を聞いた。

「旦那、怪しい奴を甲吉が見つけやした」

「ほう、どんな奴だ?」

「それが、長吉ちょうきちという二十半ばほどの若い盗賊でして」

「盗賊?」

 暮坂外記は眉根をよせた。ならず者道場に不釣り合いな盗賊の手下が出入りしているのは怪しい。

「思い出しやしたが、こいつは鬼首おにこべ礼蔵れいぞうの手下でさ」

「鬼首の礼蔵というと、昨年、おれが捕物で召しとった盗賊の首領だな」

「捕物から逃げおおせた盗賊が幾人かいて、その一人が長吉でさ」

 鬼首の礼蔵は大店や庄屋に押し入り、住人を皆殺しにして金を奪う極悪非道な盗賊集団だ。

「そういえば、奴の一味はほとんど捕えて、磔獄門はりつけごくもんや島送りになったが、長吉の他にも捕まらなかった者が数名いたな。礼蔵の弟の半兵衛も捕まらなかったな」

「ええ、奴は礼蔵一味がたむろしていた盗賊宿にもいなくて、あとで、手下どもに口を割らせると、下総に用があって出かけていたとかで、その後の足取りは杳としてしれません」

「なるほど……この件の裏には鬼首の礼蔵の弟、半兵衛が糸を引いているな」

「すると、半兵衛の奴、旦那に復讐しようと浪人を雇ったんですかね?」

「おそらくな――しかし、盗賊風情が兄の仇討ちとは殊勝なことよ」

「盗人の癖に、御番所の旦那の命を狙うたあ、あきれ果てた奴ですね……てめえの悪事の反省もしないで、逆恨みもいいところだ」

 弥陀の頼蔵が口をへの字にまげた。

「ともかく、長吉がいるということは、鬼首の半兵衛の居場所を探る手づるになりそうだぜ。長吉のやさは知れたのかい」

「耳助がけて、千駄木にある植木屋の裏長屋に住んでいるのを探り出しました。半年前に引っ越してきた左官という触れ込みのようですが、仕事にもいかず、日中は眠って、夜になると出かけるという遊び人のような生活をしているとか」

「そうか、ごくろう。しばらく長吉を泳がせて、半兵衛が網にかかるのを待つとするか」

「へい」

 頼蔵が心得たとばかりにうなずいた。


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