第5話 似ている二人
シギは不意に現実に立ち返ったような顔になった。意外そうに、目を白黒させているトビィの顔を見る。
「違うのですか?」
「え……えっと」
悩んだ末に、トビィは思いきって聞いた。
「
シギはふっと表情を消し、黒い瞳でジッとトビィの様子を観察する。
「公家の銃剣士であるあなたが護衛につかれるということなので、そうだとばかり思っていたのですが……」
思いもよらぬことを言われて、トビィは口ごもる。
「いえ……そのう、た、たぶんそういうことではない……と、思うんですけど」
ルウェルから秘密の頼みごとをされた、ということに舞い上がり、一体何のためにそんなことを自分に頼んだのか、ほとんど考えていなかった。
ルウェルが恋の橋渡しを自分に頼むとは思えない。……思えないが、では何のために「ミカを守って欲しい」と言ったのか、トビィにはまったく検討がつかない。
「なるほど」
何かに気付いたように、シギは皮肉な笑いをもらした。
「ルグヴィア公のようなご身分のかたが、どんな生まれかもわからない一介の娼妓をいきなり正式な愛人として迎え入れるわけがない。余りに絵空事すぎて……逆に早とちりしてしまったようだ」
シギは自らを含めたすべてを嘲笑うように唇を曲げた。
「まずはあなたがそばでどのような
「え? ほ、ほ、ほう……ほっ、奉仕?!……ええええっ?!」
何でもないことのようにそう言われ、トビィはその場で飛び上がりそうになる。
「ル、ルウェ……ルウェっ……ル、ルグヴィア公は、そのようなお方ではありません!」
トビィの叫びにシギは特に反応しなかった。よくよく観察すれば、わずかに肩をすくめたことがわかったかもしれない。
トビィはやっきになって続ける。
「ルグヴィア公は……あ、遊びのために、女性を自分の手元に呼びつけるようなかたではないです! そ、その……ゆくゆくはミカさんとお会いしたい、という話があったとしても、それはた、たぶんお話をしたいとか、そ、その……し、知り合いに頼まれたとか……何か……」
「お話、ですか」
ミカと話ねえ、とシギは口の中で呟く。
トビィは必死になって言葉を紡ぐ。
「そ、その……っ、公の真意はわかりません。ですがっ、公は私に、決してミカさんにルグヴィアの権威をちらつかせるようなことはするな、と言われました。そばで守らせて欲しいというのもあくまでお願いであって、ミカさんに何事かを無理強いする、ということではないです。もしそばに置いていただけるのであれば、ルグヴィアの銃剣士である私が、この命に代えてもミカさんを守ります!」
大声で宣言したトビィを、シギは呆気に取られた表情で眺めた。
トビィはにわかに我に返る。
「あ……い、いえ、その……つまり、よ、良かったらそばで守らせて欲しいって……ミカさんにお願いさせていただければ……」
顔を真っ赤にして浮かした腰を下ろすトビィを見て、シギは思わずと言った風に笑みをもらす。
後になって知るが、シギが素直な感情を吐露することは、ごくごく珍しいことだった。
「ミカに会うこと自体は、私がとやかく言うことじゃありません。十分すぎるほどのお支払いをいただいておりますから。自分を買った人間に会うのが、ここにいる者の仕事です」
「買ったなんて……」
そんな……と言いかけたトビィの口を封ずるように、シギは「ですが」と続けた。
「お代で買えるのは『会うための場』だけです」
きょとんとした顔をしたトビィに向かって、シギは薄く笑いかける。
「心は売り物ではありません。相手になびいて欲しければ、よしなのやり取りによって心を動かすしかない。金や身分や権威は、一夜の夢の中では何の意味もない。それがここの流儀です」
「は、はい! もちろんっ。ミカさんに護衛してもいいと言われるように何度でも頼みます」
「護衛自体は、あいつも受け入れるでしょうが」
シギは笑った。
「ミカの相手をするのは骨が折れますよ」
※※※
その時から
トビィはミカから護衛になることを承諾され、月晶宮にいる。
ミカに初めて会った時は、驚愕の余り言葉を失った。
黒髪に金色に見える薄茶色の瞳を持つミカの美しい容貌、外見は妖しげな魅力を持つ女性にしか見えないミカが実は男であると知った衝撃ももちろんあった。
だがそれ以上に、トビィが驚いたのは。
(似ている)
トビィは呆然として思う。
(……ルウェルさまに)
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