わたしが育てた男
満月 花
第1話
私の彼は元部下。
本当に全然何も知らなくって何も出来なくって
良いところと言えば素直で頑張る姿勢。
ついついお節介をして気にかけてるうちに
いつの間にかお付き合いし出した。
恋人も初めてだったみたいで、恋のイロハを
一から十まで教え込んだ。
自分好みに仕立てあげるって満更でもない。
ダメ出しばかりだけど、たまに褒めてあげるとすごい喜ぶのが可愛い。
この頃、やっと一人前の男らしくなってきた。
仕事も順調にこなし、将来の有望株。
物腰もスマートで合格ライン。
彼にエスコートされる私を周りの人達が羨望の眼差しをむけてくる。
これが、私の指導の賜物だと誇らしくなる。
ここまでするのに本当に大変だった!
自分がこの男を育だてたんだ!
つい自慢もしたくなる。
周囲は私達が恋人同士で、私が手塩にかけて
育てたってことも知っている。
彼は逆紫の上って言われてる。
彼は照れたり苦笑いしてるけど、周りに冷やかされることも慣れてきてた。
この頃は私のアドバイスをやんわりとスルーしてみせたり
生意気な部分も出てきた。
大人の男ぶってきてるのでまだまだ私が戒めてあげないと。
そうして育てた彼は今度私を追い越して上司になる。
良くぞここまで育ってくれた、そろそろお役御免
今度は私が楽にさせてもらう番。
私もそこそこいい年齢になってきてるし
彼と結婚して家庭に入ろうと思っている。
私の仕込みで彼は家事も完璧だから
良い夫、良い父親になってくれる。
ある日、二人で寛いでいるとその事を提案してみた。
そろそろ結婚しない?
一瞬、彼のキョトンとした顔
でもきっと慌ててプロポーズの仕切り出しを申し出てくるはず……。
そう思ったのに、彼はふっと小さく笑った。
そしてその笑い声は段々と大きくなり
とうとう腹を抱えるようになっていく。
そして一息つくと、今まで見た事のない色のない表情で私を見る。
***
やっとこの日が来た。
お前を捨てる日をずっと待ち望んでいた。
目の前にはこの展開についていけずに戸惑った顔の女。
どうせ、俺が喜ぶと思っていたのだろう。
憧れの彼女からの言葉に感激して泣き出すとか
お前なんかと結婚するわけないじゃないか
いつも俺の事を見下して、指図してきて
もうウンザリなんだ。
あなたをここまで育てたのは私
俺が認められるたびに成長するたびに
全て自分のおかげだと。
今もその言葉を繰り返す。
その言葉に鼻で笑う。
俺がここまで来たのはお前のお陰なんかじゃない。
俺自身の努力の結果だ。
なのに、お前は何も成長してない。
お前が俺よりもいつも前にいて突き進んでいたなら
感謝と尊敬を持って愛し続けていたかも知れない。
でも違う。
努力も向上心もない。
けれど、自分以外の人間にそれを求める。
自分が頑張るわけじゃないから楽なもんだ。
お前はただ見下して悦に入ってただけだ。
いつまでも俺を無能扱いして
私を大事にしろ、一番に考えろ
そのために自分と釣り合う男に成長しろと。
都合の良い男に仕立てたかっただけだ。
俺のためなんかじゃない。
自分を居心地良くするための未来への保険だ。
だから、お前が俺と結婚したがってきた時
別れを切り出そうと思ったんだ。
そう告げると、お前は顔を真っ赤にして喚く。
今までの俺があるのは私が育てたお陰だと、
次はあなたがそれを返す番だと捲し立てる。
その姿は、ついさっきまで自分の方が優位だと思い込んでいたのに
哀れな女。
俺は首を捻って見せた。
今までも充分返してきた。
女王様のようにお姫様のように扱い傅いて尽くしてきた。
ずいぶんと人に羨ましがられて満足気にしてたじゃないか。
それに今のお前は俺に釣り合わない。
何度だって言う。
俺は成果を積み上げて人脈を作り上げてきた。
この成功はお前のお陰じゃない、俺のたゆまぬ努力の結晶だ。
それなのにお前はその間何をしていた?
そうだな
言い訳と文句と妬みと悪口だけは増えていた。
これから、老いて若さも美しさも失われていく。
俺には尽くせというくせに自分はしない。
ずっと優越感に浸りたいがために俺と結婚したがるお前
ただ見下して威張り散らすだけのお前と一緒にいる意味も利点もない。
会社のみんなに言いふらしてやる!こんな酷い扱いを受けた事全部!
ギラギラした目で、睨みつけてくる女を
冷ややかに見つめる。
どうぞ?俺もお前が新人の男に近づいてはつまみ食いしてるセクハラ女だって事、証拠付きで教えるよ。
まぁ、会社のみんなが知ってることだけどな。
さっさと私物をまとめてこの部屋から出ていこう。
もうこの女には用はない。
ただの惨めな敗者だ。
じゃあな、と笑顔で合鍵を放り投げた。
小さな音と共に合鍵が床の上を滑っていく。
屈辱におののく女はもう何も言えずに
閉まっていく扉を見つめ続けていた。
髪を振り乱し床を叩く女にはもうあの誇らしに笑う日々は2度と来ない。
わたしが育てた男 満月 花 @aoihanastory
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