【第七話】「北への道、黒き追跡者」

王城潜入から三日。

 俺とルナは北方街道を進んでいた。目指すは王国の最北端――エルデ辺境領。

 そこに、死んだはずの第一王子レオンハルトが潜んでいるという。


「北って言っても、冬の国境近くだからね。雪道装備は必須よ」

「問題ない。魔界の寒さに比べれば」

「……あんた、魔界のどこに住んでたのよ」


 そんな軽口を交わしつつも、背中には常に視線を感じていた。



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 夜営の焚き火。

 風に紛れて、カチャリと金属が擦れる音がした。

 ルナも気づいたようで、焚き火の明かりからわずかに身を引く。


「……三人。距離は五十歩以内」

「足音がない。間違いなく暗殺者だ」


 次の瞬間、闇の中から黒い影が滑るように迫ってきた。

 刃が月光を反射する――



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 俺は剣を抜き、正面の一人の一撃を受け流す。

 同時にルナが後方へ飛び退き、詠唱を開始。

 短い詠唱の後、黒い蔓が地面から伸び、二人目の足を絡め取った。


「ッ……!」

 影の暗殺者は刃を逆手に持ち替え、蔓を断ち切る。

 しかし、その一瞬の遅れで俺が間合いを詰める。


 金属音と共に火花が散った。

 奴らの武器は、王国近衛の制式短剣――つまり、王都からの追っ手だ。



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「お前ら、《暁の番人》か?」

 返事はない。ただ殺意だけが返ってくる。


 三人目が背後から迫る気配。

 俺は身を沈め、雪原に転がってかわす。すぐにルナが魔弾を放ち、敵の肩を掠めた。


「ゼファード、長引かせない方がいい!」

「ああ、こいつらは時間稼ぎだ。増援が来る前に抜けるぞ!」


 俺たちは一人を牽制しつつ、雪道を北へ駆けた。



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 街道を外れ、松林の中を抜ける。

 雪が枝から落ち、足跡はすぐに覆われる――追跡は難しくなるはずだ。


 だが、背後から響く足音は途切れない。

 奴らはまるで、こちらの進路を読んでいるようだった。


「……これ、偶然じゃないな」

「ええ。誰かが私たちの動きを先回りしてる」


 嫌な予感が背筋を這った。

 第一王子を探す前に、この追跡者を何とかしなければ――。


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 雪を踏みしめる音が、一定の間隔で迫ってくる。

 こちらが速度を上げても、距離は縮まらない。まるで影のようだ。


 林を抜けた先――視界が開けた雪原に、黒い外套の人影が立っていた。

 追ってきた三人とは別。全身を黒布で覆い、顔もフードの奥に隠れている。


「……やっと会えたな、ゼファード」

 低く湿った声。どこか懐かしい響きが混じっていた。



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 ルナが警戒を強める。

「誰よ、あんた」

「名乗る名はない。ただ、かつての魔王軍副官……いや、“裏切り者”とだけ言っておこうか」


 心臓が一瞬、強く打った。

 裏切り者――それは、五年前に行方不明になった同僚のことを指している。

 俺はその名を、あえて口にしなかった。


「……お前が、魔王を殺したのか」

「いいや。俺は命令を受けただけだ。命じたのは――第一王子だ」



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 雪原を渡る風が、一瞬だけ止んだように感じた。

 あの第一王子が、生きていて命令を下した?

 それはつまり――暗殺の黒幕が王族にいるということだ。


「証拠を持ってるか?」

「……答えを知りたければ、北まで来い。そこで全てがわかる」


 そう言って、黒き追跡者は短剣を抜いた。

 次の瞬間、足元の雪が爆ぜ、白い粉雪が視界を覆う。



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 反射的に身を守る構えを取ったが、雪煙が晴れたとき、追跡者の姿は消えていた。

 代わりに地面には、黒い布片と古びた紋章が落ちている。

 それは――魔王軍の古い副官章だった。


 ルナがそれを拾い、俺に手渡す。

「……あんたの仲間、だよね」

「ああ。だが今は敵だ」


 北に行けば真相に辿り着ける。

 だが、それは同時に――過去と向き合うことを意味していた。



---



 雪原の向こう、北の空に薄い光が揺れている。

 オーロラだ。魔界と人間界の境界近くでしか見られない光。


 俺はそれを見上げ、息を吐いた。

「……行くぞ。第一王子が待ってるらしい」

「ふふ、怖いもの見たさってやつね」


 足跡を刻みながら、俺たちは再び北を目指す。

 黒き追跡者の言葉が、冷たい風よりも重く胸に残っていた――。


【第七話・完】

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