【第七話】「北への道、黒き追跡者」
王城潜入から三日。
俺とルナは北方街道を進んでいた。目指すは王国の最北端――エルデ辺境領。
そこに、死んだはずの第一王子レオンハルトが潜んでいるという。
「北って言っても、冬の国境近くだからね。雪道装備は必須よ」
「問題ない。魔界の寒さに比べれば」
「……あんた、魔界のどこに住んでたのよ」
そんな軽口を交わしつつも、背中には常に視線を感じていた。
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◆
夜営の焚き火。
風に紛れて、カチャリと金属が擦れる音がした。
ルナも気づいたようで、焚き火の明かりからわずかに身を引く。
「……三人。距離は五十歩以内」
「足音がない。間違いなく暗殺者だ」
次の瞬間、闇の中から黒い影が滑るように迫ってきた。
刃が月光を反射する――
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◆
俺は剣を抜き、正面の一人の一撃を受け流す。
同時にルナが後方へ飛び退き、詠唱を開始。
短い詠唱の後、黒い蔓が地面から伸び、二人目の足を絡め取った。
「ッ……!」
影の暗殺者は刃を逆手に持ち替え、蔓を断ち切る。
しかし、その一瞬の遅れで俺が間合いを詰める。
金属音と共に火花が散った。
奴らの武器は、王国近衛の制式短剣――つまり、王都からの追っ手だ。
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◆
「お前ら、《暁の番人》か?」
返事はない。ただ殺意だけが返ってくる。
三人目が背後から迫る気配。
俺は身を沈め、雪原に転がってかわす。すぐにルナが魔弾を放ち、敵の肩を掠めた。
「ゼファード、長引かせない方がいい!」
「ああ、こいつらは時間稼ぎだ。増援が来る前に抜けるぞ!」
俺たちは一人を牽制しつつ、雪道を北へ駆けた。
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◆
街道を外れ、松林の中を抜ける。
雪が枝から落ち、足跡はすぐに覆われる――追跡は難しくなるはずだ。
だが、背後から響く足音は途切れない。
奴らはまるで、こちらの進路を読んでいるようだった。
「……これ、偶然じゃないな」
「ええ。誰かが私たちの動きを先回りしてる」
嫌な予感が背筋を這った。
第一王子を探す前に、この追跡者を何とかしなければ――。
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◆
雪を踏みしめる音が、一定の間隔で迫ってくる。
こちらが速度を上げても、距離は縮まらない。まるで影のようだ。
林を抜けた先――視界が開けた雪原に、黒い外套の人影が立っていた。
追ってきた三人とは別。全身を黒布で覆い、顔もフードの奥に隠れている。
「……やっと会えたな、ゼファード」
低く湿った声。どこか懐かしい響きが混じっていた。
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◆
ルナが警戒を強める。
「誰よ、あんた」
「名乗る名はない。ただ、かつての魔王軍副官……いや、“裏切り者”とだけ言っておこうか」
心臓が一瞬、強く打った。
裏切り者――それは、五年前に行方不明になった同僚のことを指している。
俺はその名を、あえて口にしなかった。
「……お前が、魔王を殺したのか」
「いいや。俺は命令を受けただけだ。命じたのは――第一王子だ」
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◆
雪原を渡る風が、一瞬だけ止んだように感じた。
あの第一王子が、生きていて命令を下した?
それはつまり――暗殺の黒幕が王族にいるということだ。
「証拠を持ってるか?」
「……答えを知りたければ、北まで来い。そこで全てがわかる」
そう言って、黒き追跡者は短剣を抜いた。
次の瞬間、足元の雪が爆ぜ、白い粉雪が視界を覆う。
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◆
反射的に身を守る構えを取ったが、雪煙が晴れたとき、追跡者の姿は消えていた。
代わりに地面には、黒い布片と古びた紋章が落ちている。
それは――魔王軍の古い副官章だった。
ルナがそれを拾い、俺に手渡す。
「……あんたの仲間、だよね」
「ああ。だが今は敵だ」
北に行けば真相に辿り着ける。
だが、それは同時に――過去と向き合うことを意味していた。
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◆
雪原の向こう、北の空に薄い光が揺れている。
オーロラだ。魔界と人間界の境界近くでしか見られない光。
俺はそれを見上げ、息を吐いた。
「……行くぞ。第一王子が待ってるらしい」
「ふふ、怖いもの見たさってやつね」
足跡を刻みながら、俺たちは再び北を目指す。
黒き追跡者の言葉が、冷たい風よりも重く胸に残っていた――。
【第七話・完】
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