【第六話】「王城の影」

《暁の盟約》の半分と、人間王家の印章――

 それはあまりにも危険な手がかりだった。

 このままでは証拠も真実も闇に葬られる。


「……王城に入る」

「そんな簡単に言うけど、あそこは平和同盟締結後でも、魔族の立ち入りは厳しく制限されてる」

「だからこそ、正面からじゃなく影から行く。あの印章の持ち主を突き止めるまで帰らない」


 ルナは少し黙った後、口角を上げた。

「いいわ。じゃあ、影の中で踊りましょう」



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 王城の外郭は三重の城壁で守られている。

 昼は祭りの余韻で賑やかだが、夜は兵士の巡回が倍になる。

 俺たちは南門近くの下水路から侵入した。


 腐臭と湿気の中、暗闇に潜む。

 ルナが灯した小さな魔光だけが足元を照らす。


「ここからなら、王城の地下貯水庫に繋がるはず」

 俺は壁に刻まれた古い印を確認する。

 これはかつての戦時中に使われた“裏道”の印だ。



---



 貯水庫に出た瞬間、背後から声がした。


「止まれ」


 振り返ると、長槍を構えた兵士が二人。

 その鎧には、通常の王国兵ではなく《近衛隊》の紋章――王族直属の護衛だ。


 即座に影の中へ飛び込み、気配を消す。

 ルナは反対側へ滑り込み、手のひらから放った微弱な幻術で兵士の視線を逸らす。


 俺たちはすれ違う瞬間に無音で動き、通路の奥へ抜けた。



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 やがて辿り着いたのは、王城の地下書庫。

 そこは公には存在しないとされる場所だ。

 棚には封印された帳簿や外交文書が積み重なっている。


 探すべきは――あの印章に関する記録。

 机の引き出しを漁ると、封蝋と同じ紋章が刻まれた“契約書”を見つけた。


 日付は、平和同盟締結の前年。

 そして署名欄には、一人の名前があった。


 「第一王子 レオンハルト・アークロア」



---



「……今の王じゃない。兄……だ」

 ルナが低く呟いた。


 彼は現王の兄であり、数年前に突如姿を消したとされている人物。

 歴史書では「病死」と記されていたが――これは明らかに生存を示す証拠だった。


 その時、書庫の入り口で扉が開く音が響いた。


「こんな時間に、珍しいお客様だな」


 現れたのは、深紅の外套を纏った男。

 顔は影に覆われていたが、その声は低く、冷ややかだった。


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 深紅の外套の男は、静かに書庫の扉を閉めた。

 その仕草に、無駄な動きが一切ない。兵士ではない――訓練された暗殺者のそれだ。


「その書類は、王国の安寧のため封じられている」

「安寧……ね。魔王を殺すことが安寧か?」

「……それはお前が知る必要のないことだ」


 男の声は感情を削ぎ落とした氷のようだった。

 ルナが小声で呟く。

「ゼファード、あれ……《暁の番人》の印」

 外套の袖口に、確かに千眼の紋が刻まれていた。



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「お前らが《暁の盟約》を守るために、魔王を殺したのか」

「守ったのは均衡だ。犠牲は常に必要だ」

 男はゆっくりと歩み寄り、机の契約書に視線を落とす。

「……第一王子レオンハルト。彼はまだ“動いて”いる。だが、それを知った時点で、お前たちはもう帰れない」


 その言葉と同時に、書庫の四方に設置された魔術刻印が赤く光り、重力のような圧力が降りかかった。

 空気が重い――体が動かない。



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「……っ、封印魔術か」

「逃げ場はない。王城の外にこの話を持ち出すことは許されない」

 男が懐から短剣を抜く。刃に刻まれたルーンが青白く輝き、殺意が空間を満たす。


 だが、ルナが両手を組み、低く詠唱を始めた。

「――影、裂けろ」


 次の瞬間、俺たちの足元にあった影が波打ち、黒い裂け目が広がる。

 重力の圧力が一瞬だけ緩み、俺はその隙を突いて契約書を掴み、裂け目へ飛び込んだ。



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 落下感の後、俺たちは王城外の廃屋に転がり出た。

 ルナは息を切らしながらも笑う。

「……ふぅ、危なかったわね」

「危ないどころじゃない。あの男、殺す気だった」


 手にした契約書は半分が焼け焦げていたが、署名部分は残っている。

 “第一王子レオンハルト”――この名前が次の鍵になる。



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 俺は夜空を見上げた。

 雲間から覗く月が、まるで血を啜ったように赤く染まっている。

 これは偶然じゃない。均衡が崩れ始めている証だ。


「ルナ、次は……」

「ええ、行き先は決まってる。死んだはずの第一王子を探しに行くんでしょ?」


 そうだ。

 真実に近づけば近づくほど、敵は増える。

 だが、俺はもう止まれない。


 ――ガルドヴェインを殺した者を、この手で裁くために。


【第六話・完】

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