【第四話】「影の港の取引」

灰街のさらに奥――そこは「港」と呼ばれているが、海ではなく地下水路だった。

 黒く濁った水がゆっくりと流れ、天井から垂れる鎖に無数のランプが吊るされている。

 ランプの光に照らされ、船ではなく筏が荷物と人間を運んでいた。


「……ここが、《影の港》」

「表の地図にも記録がないのね」

「記録があれば影じゃない」


 俺はフードを深く被り、ルナと共に港へ足を踏み入れた。

 周囲は密輸商人、奴隷商、暗殺者……見渡す限り、法の届かぬ者ばかり。



---



 目当ては、黒いフードの男。

 《赤灯のアデル》からの情報では、今夜、港で何らかの取引を行うらしい。


 暗がりに身を潜め、俺たちはその時を待った。

 やがて、数人の屈強な護衛に囲まれた男が現れる。

 肩口に――千眼の印。


「……いた」

 ルナの声が低くなる。


 男は大きな木箱を持ち込み、対岸に停泊していた筏の上に乗る。

 そこには、全身を白い布で覆った人物が待っていた。



---



「例の品だ。依頼どおり、誰にも嗅ぎつけられていない」

「よくやった。これで“計画”は進む」


 黒いフードの男が木箱を開ける。

 中には――人間の国王の王印が収められていた。


 息が詰まる。

 王印は国の最高権限を象徴し、それを持つ者は軍を動かせる。

 もしこれが何者かの手に渡れば――。


「ルナ、動くぞ」

 俺は腰の剣に手をかけた。



---



 しかし次の瞬間、港全体のランプが一斉に消えた。

 闇の中で、悲鳴と怒号が響く。


「ゼファード! 何かが来る!」

 ルナの叫び。

 目を凝らすと、水路から無数の影が這い上がってくる。

 それは人間でも魔族でもない――水棲の獣兵。


 獣兵たちは港の者も黒いフードの男も構わず襲いかかる。

 混乱の中、男は箱を抱えたまま奥の水路へ逃げた。



---



「逃がすか!」

 俺は獣兵を斬り伏せながら追う。

 しかし、水路の奥で筏が出航し、距離が開く。


「ゼファード!」

 ルナが弓を引き、矢を放つ。矢は男の肩に突き刺さったが、箱は放さない。


 その時、男の声が闇に響いた。

 「魔王を殺したのは――お前が探している相手じゃない」


 その言葉だけを残し、筏は闇に消えた。



---



 港に残されたのは、血と倒れた死体、そして焼け落ちた一枚の羊皮紙だけだった。

 それは先日見つけた紋章と同じ印を持ち、裏に短い文字が刻まれている。


 《暁の盟約、破られる時》


「……これは、どういう意味?」

「まだわからん。ただ、一つ確かなのは――」

 俺は羊皮紙を握り締めた。


「これは、もっと大きな戦争の始まりだ」


【第四話・完】

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