第24話「首都“聴問会”――耳の裁き、始まる」

 ――停戦九日目・正午。首都・議事堂“大ホール”。


 壇上の梁には白布、床にはUI矢印がやさしいミント色で流れている。


〈発言台 → ※一分ごとにちーんが鳴ります〉

〈回覧印受付 → ※押しすぎると崩落〉


 入口ではアランがハンマー片手にステージをこん、こん、こんと増し打ち。

 「人が乗るなら木を増す。紙も建築物だ」――はい名言出ました。


「時間係は私。可搬タイマー、起動」


 参謀リリアが特製フライパンを台に据え、縁に小さな針を立てた。

 ちーんと鳴れば一分。ちーん×十分で会全体を締める設計だ。


 肩にどすんと降りたツバサ丸が、水鏡中継に手描きスタンプを連打する。

 『(中継ON)』『#聴問会』『(既読)』『(至急…ではない)』


「最後のやつ書くな」


「飾りです」


 客席には市民、後列に官吏と神官。

 中央の長机には第三魔族対策部――そしてマルク=ベロナ。資料は逆さ。今日も通常運転。


「本日の“聴問会”は耳に関する公開の意見交換です。攻撃的な言葉は――」


 司会の注意をかき消すように、入口から勇者フェリクスが現れた。

 耳なしで臨席。左耳も右耳も、空。会場がざわめく。


「今日は聞く。遮らない。――まずは、聞く」


 短く言って、彼は席に座った。

 隣のエルノアが小さく親指を立て、ツバサ丸が**『(いいね×3)』**を貼る。うるさい。


 ※※※


「――開会。まず、**耳の権利章典(草案)**の読み上げから」


 リリアが木版スライドを掲げ、ラズヴァルド(魔王)が前に出る。


第一条:耳は武器に非ず。

第二条:聴取は庇護される(聴取庇護)。

第三条:祝福は開耳のために用いる。

第四条:B.T.I.(便所戦術介入)はトイレの外で反省する。


「四条めは恒例ギャグでなく事実です」


「事実です(二人同時)」


 会場に笑いが走る。

 リリアが続けて二枚目の木版を上げた。“B.T.I.と好感度の逆相関・増補版”。

 グラフの端ではトイレのピクトさんが、剣を置いてちーんの吹き出しを出している。かわいいのに内容が厳しい。


「そして、新規資料。“祝福=遮断の起源”」


 木版が切り替わる。

 タイトルは**『祝福・遮断式の規格(戦時)』――敵性言語を耳前でノイズ化せよ、の文字。

 会場がざわっ**と動いた。


「――“祝福”は元々軍用の遮断でした。

 けれど、祝聴式(案)という再定義がある。“聞かせるために祝う”」


 客席の一角で、修道女セレスが小さく会釈した。

 袖口から携帯回覧印がぴょこんと出かけ、慌てて白印に持ち替える。成長が早い。


「技術の起源を正直に置くこと。そこから開耳へ向けて意味をズラすこと。

 ――それが今日の議題だ」


 ラズヴァルドの言葉に、前列の老婦人が「そうだよ」と頷く。

 後列の若者は**#朝鐘ネットの手製プラカードを掲げる。

 アランの共鳴木の小ベル**が、からんと一度だけ鳴った。


 ※※※


「では……意見表明を」


 司会の声の直後、マルクが立つ。

 安全ヘルメットはかぶっていないが、代わりに回覧印の箱を抱えている。


「えー、わが部としては、想定外を想定内として――」


「回覧印ループ芸開始の合図ですね。可搬タイマー、ちーん」


 リリアのフライパンがちーんと鳴る。

 一分。マルクが早口でしゃべり、ちーんで切られ、またしゃべり、ちーんで切られる。

 彼はついに紙束を逆さからさらに逆さにして正位置へ戻す高度ムーブをかまして時間を溶かした。


「つまり、耳に祝福の義務を――」


「第三条をお読みください。“祝福は開耳のために用いる”。義務は“遮断のため”ではない」


 リリアが割り箸バトンでぴしと条文を指す。

 ツバサ丸が水鏡に**『(条文!)』**スタンプを貼る。うるさい(二回目)。


「反対意見、どうぞ」


 発言台にUI矢印で誘導された青年が、ぎこちなく立つ。


「えっと……母がラジオを――その、AM派なんですけど……」


「用語の爆誕が過ぎる」


「でも、朝は“朝鐘ネット”でFM的に聞こえやすいって……」


「伝わるようで伝わらないけど伝わる!」


 会場に笑いが広がる。

 フェリクスは横で静かに聞き、遮らない。耳は空のまま。


 ※※※


 ――その時、事件が起きた。


 壇の袖で議事録係が、気合いを入れすぎて砂瓶を持ち替え損ね、

 ざざぁっと砂をフライパンにこぼした。


「や、やっ――」


 ちーん ちーん ちーん ちーん ちーん ちーん ちーん ちーん ちーん ちーん


 “議事終”が勝手に鳴った。


「閉会しないで!!」


 会場が爆笑で崩れる中、リリアは無表情でフライパンをひっくり返し、残砂をミント水で固めてゼリーにした。


「議事ゼリー、後で吸音材に再利用します」


「魔術の応用範囲、広いな」


「生活魔術です」


 司会が半泣きで言う。「えー、ただいまの議事終は無効です。白印を……」


 セレスが白印をぽん。

 印影がすうっと薄れ、会場が拍手する。

 ツバサ丸が**『(再開)』**を貼る。うるさい(三回目)。


 ※※※


「朝鐘ネットβの実績を共有します」


 リリアが手書きダッシュボードを掲げる。


ノード数:フライパン112/鍋ぶた47/木柱18/スリッパ1(特例)


冷却ミント帯:導入区域で胸の聖印の体感温度**−2.5℃**


B.T.I.補正:朝稼働日に限り好感度の下げ幅緩和


「実験は生活の規模で成功中です」


「生活で世界を動かす、か」


 ラズヴァルドが頷き、発言台へ進む。


「公開質問を続ける。

 “祝福の定義を遮断から開耳へ――誰が、いつ、署名する?」


 会場に静かな流れが起きる。

 前列で、パン屋の主人が手を上げた。「今だ。朝だ」。

 港の若い衆が続く。「十一分も聞ける」。

 アランが木柱のベルをからんと鳴らし、セレスが白印を掲げた。


「教会の改革派、ここに仮同意」


「可搬タイマー、一分署名いきます」


 リリアがフライパンに砂を注ぎ、針を立てる。ちーんで一分。

 その間に、壇の下で掌を上げる。拍手ではなく掌表示――“今は武器を持っていない”の合図。

 掌が、前から後ろへ、波のように上がっていく。


 ちーん。

 リリアがドライに言う。「仮同意、受領」


 マルクが机を叩く。「手続きが――回覧印が――」


「回覧印はあとで押してください。今は意志を確認しました」


「事務殺し……!」


 ※※※


 フェリクスがゆっくり立つ。耳は空のまま。

 発言台に立った彼を、ツバサ丸の中継がどアップで抜く。**『(ズーム)』**貼るな。


「俺は、朝に強い勇者になりつつある。朝だけ針を戻せる。

 “今は聞く”を積む。そして――署名に剣より先に手を伸ばす」


 会場が静まる。

 ラズヴァルドが隣に並び、「イーブンだな」と小声。

 「イーブンだ」とフェリクスも小声。仲良し。


「――本日の結びに、聴取庇護の延長を求める。朝鐘対話・十一へ増設する」


 リリアが割り箸バトンを上げかけ――


 ごぉ……。


 低い唸りが天幕を震わせた。

 遠く、大聖堂から鐘の試し打ち。いや、試しにしては多い。

 使者が走り込み、巻物を掲げる。第三部の法衣、息切れ。


「至急! 教会上層――最終儀式・前倒し! “月間”の大鐘、今夜!」


「今夜!? 明朝も飛ばして今夜!?」


「厳格運用強化。停戦下でも“耳に祝福を携えること”を推奨から指示へ。違反者は称号再審査!」


 会場がざわめき、回覧印がぱん、ぱん、ぱんと反射で鳴る。

 リリアはフライパンをそっと持ち上げた。


「恐怖の加速には、拍で対抗します。――ちーん」


 ちーん。

 アランのベルが合わせてからん。

 ツバサ丸が**『(落ち着いて)』を貼る。

 フェリクスは耳の空**を指で確かめ、胸に手を当てた。


「今は聞く。……夜も、聞く努力をする」


 ラズヴァルドが頷く。「冷却ミント帯を全域に。朝鐘ネットを夜間モードへ」


「ネットは網。夜の虫も引っかかる」


「職人の比喩が今日も強い」


 セレスが手を挙げる。「祝聴式(案)、大聖堂に持ち込みます。文言を**“冷却=開耳”に読み替え**ます」


「頼もしい!」


 マルクがへたり込みながらも、紙束を逆さにして正位置へ戻し、

 「想定外は想定内……夜も……想定内……」と自己暗示で自分を鼓舞した。


 リリアが最後に割り箸バトンをすっと下ろす。


「本日の聴問、仮結語。

 “耳は武器に非ず”――白印でここに確認。

 夜は来る。拍で迎える」


 ちーん。

 からん。

 クル。


 拍と木と鳥の三拍子で、会は閉じた。

 外では、風が少し強くなっていた。大鐘の気配がごぉと重く、街の屋根に降りかかる。


 でも――

 廊下の端で、議事ゼリーがぷるぷる震え、音をやさしく吸っていた。

 生活は、武器じゃない。


(つづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る