第8話 ユイの誘いとアキラの困惑


「ユイと……コラボしてみない?」


「え、あ、え? えっと……コラボ?」

 可愛らしいウインクが、アキラの思考を凍りつかせる。


名無し:【きたああああああ】

名無し:【向こうの同接、平均で3000だぞ!?】

名無し:【マジか! ユイたんとコラボはすげぇ!】


(コラボって……俺は今日配信を始めたばかりのド新人だぞ……!?)

 突然の提案。アキラはその真意をつかみかねて、ただ立ち尽くした。


「え、えっと……なんで俺なんかと?」

 アキラの困惑が声ににじむ。


「なんでって……」

 ユイはいたずらっぽく、自分の唇にそっと指を当てた。


「だって、ユイは“面白いもの”が大好きだからよ!」

 胸の前で腕を組み、不敵な笑みを浮かべる。


 その視線は、アキラを獲物のように射抜いていた。


「面白いもの、って……俺!?」

 アキラは自分を指さし、純粋に驚きをあらわにする。


「そうよ! 『ボスモンスターをレベル1で撃破』『SR武器持ち』『ユニークスキル持ち』でしょ?」

 ユイが指を一本ずつ立てていく。


「そんなの、面白いに決まってるじゃない!」

 ユイの笑みが深くなる。彼女の指先が、アキラの胸を軽く突いた。


「な、なるほど……?」

 疑問は残るが、アキラはなんとかそれを飲み込む。


「コラボ内容は、ユイのトレジャーハントに付き合ってもらうわ! 日にちはおじさんの都合に合わせてあげる。いつなら空いてるの?」


「っ! 明日でお願いします!!」

 アキラは、気づけば口に出していた。


 社会人としての経験上、約束は時間が空くほど曖昧になっていくことを知っていたからだ。


「いいわね! “鉄は熱いうちに打て”って言うし、ユイはそれでオッケーよ!」

 ユイはパンと両手を叩き、弾けるような笑顔を見せる。


「よかった……」

 アキラは安堵し、大きく息を吐いた。


(ふふ、ユニークスキル持ちの新人なんて滅多にいないもの。今のうちに恩を売っといて損はないわ!)

 彼女の笑顔の裏で、プロのDライバーとしての計算高い顔がのぞく。ユイもまた、この世界を生き残ってきたのだ。


「そうと決まれば、このまま“おじさん”呼びじゃ格好つかないわね。あなたのこと、なんて呼べばいいの?」


「え……名前、ですか? 佐藤 明さとう アキラですけど」

 聞かれたまま、アキラは正直に答えた。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 ユイは信じられないものを見る顔で叫んだ。


 コメント欄も一斉に騒ぎ出す。


名無し:【うそだろ……!】

名無し:【本名さらしてて草】

名無し:【おじさん危なすぎ】


「はぁ〜……」

 ユイは額に手を当て、深いため息をついた。


「あのね。それ、本名でしょ? ユイが聞いてるのは“ライバーとしての活動ネーム”のことよ」

 幼い子に諭すように、優しく、しかし呆れた声で言い聞かせる。


「活動ネーム……考えて、なかったですね……?」

 アキラは恥ずかしそうに笑いながら、頭をかいた。


「……もういいわ。じゃあユイは“佐藤”って呼ぶから」

 呆れたように肩をすくめるユイ。


「あのね、今の会話も行動も、全部ネットで公開されてるのよ? もう少し危機感を持ちなさい」


(っ……! たしかに俺、少し浮かれすぎてたのかも……)

 アキラは反省する。


「さて、じゃあ外に出ましょうか」

 ユイが手招きした。


「あっ、はい!」

 アキラは小走りで彼女を追いかけ、隣に並ぶ。


 名無し:【怒られてやがるww】

 名無し:【だせぇw】


「仕方ないだろ! 初めてのことでテンパってたんだから!」

 コメントにムッとし、反射的に反論するアキラ。


 そのアキラを、ユイはじっと見つめた。


「ねぇ、もしかして佐藤って、スマホを見ずにコメント読んでるの?」

 ユイが問いかける。その表情には、警戒と好奇心が混ざっていた。


「あ、はい。ユニークスキルの『ハッキング』を使って読んでます」

 

「あのね。ユニークスキルは魔力を消費するから、あんまり代用できることに使わないほうがいいと思うわよ?」  

 ユイが口を開く。


「ええ!? そうなんですか!」

 アキラは目を見開いた。


「でも俺のMPってゼロですよ!? それなのに……?」


「あのね。スキルは使用すると必ず魔力を消費するの。MPがない状態で使うと、D-ナビで強化してる能力まで削っちゃうわ。だから、スキル用のMPはちゃんと確保しときなさい!」


「そうだったんですか……」

 驚くアキラは、ふと気づく。


「あれ? ユイさ「ユイでいいわ!」……ユイ、もスマホを触らずにコメント見てましたよね?」


「ああ、それは……」

 ユイは、髪をかき上げ、自分の耳を見せる。


 ちらりと見えたうなじに、アキラは思わず心臓がドキッとした。


「このイヤーカフスを使ってるの。コメントを読み上げてくれるのよ。便利でしょ?」


「そんなものが……」

 アキラはただ感心する。


「あ! スパチャありがとー!」

 ユイがドローンに笑顔で手を振った。


「スパチャ……?」

 アキラは自分のスマホを見ながら、小さくつぶやく。


「なに? 珍しいものじゃないでしょ? 佐藤だってもらってるはずよ? これだけバズってるんだから……ほら、これ!」


 ユイがずいっと近づき、アキラのスマホに軽く触れ、画面の赤く表示されたコメントを指さした。


「これってスパチャだったんですか!?」


「当たり前でしょ! じゃあ何だと思ってたのよ!」


 名無し:【いや、知らなかったのかよ!】

 名無し:【スパチャ読みしねぇと思ったらそういうことか】

 名無し:【つスパチャ】


「あっ! スパチャ読みとかしたほうがいいのか!? えっと、一番初めのは……」

 遡ろうとするアキラへ、コメントが一斉に飛ぶ。


 名無し:【今やるなや!】

 名無し:【後にしろよ!!】

 名無し:【あのさぁ……】


 ツッコミに慌てて手を止めるアキラ。


「っぷ! あはは! なによそれ! 知らなかったうえに、ここでスパチャ読み始めようとするなんて、面白すぎ!」

 何が彼女の琴線に触れたのか、ユイは腹を抱えて笑い出す。


「あー……その……」

 アキラは恥ずかしさで、しどろもどろになるしかなかった。


ユイは笑いをおさめ、アキラに手を差し出す。


「ふふっ。ユイの目利きは間違ってなかったわね。佐藤、明日が楽しみよ!」


「ははは、明日はユイを驚かせてみせるよ」

 彼女の言葉に、アキラは決意を新たにするのだった。


◆◆◆



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 メモ


 ダンジョンで得られるスキルは、使用時に体内の魔力を消費して発動する。


 また、Dダンジョン-ナビによる身体能力の強化レベルアップも体内の魔力を利用して肉体を強化しているが、魔力の優先度は「スキルの発動」が最も高いため、


 強化した身体能力筋力、耐久力、敏捷性、持久力バリアHPに使われている魔力を消費させないよう、強化に使用していない分の魔力を“余剰分”としてMPに確保しており、スキルを使った際に優先的にそちらから消費されるようにしている。


 MPとHPは、どちらも“3分に1回復”のサイクルで自然回復する。

また、ステータスそのものを消費した場合も、そのぶんがMPに回される。


 もし設定した上限よりもMPが増えている場合は、別のステータスが削られている可能性があるため注意が必要である。

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