第7話 美少女ライバー登場!


 道中のモンスターは、もはやアキラの相手ではなかった。


 レベル8の肉体とSR武器ソウルイーターの切れ味は、戦闘そのものを“作業”に変えていたのだ。


「よっと──はい、終わり」

 振り下ろした刃が、リザードマン風のモンスターを一瞬で肉塊へと変える。


名無し:【オーバーキルwww】

名無し:【作業速度えぐいw】


(攻撃する瞬間だけ筋力に極振りするのも、だいぶ慣れてきたな……)

 コメントを横目に、アキラはスキルハッキングでステータスを微調整した。


「ほんと、袋を持ってきてて正解だった……」

 アキラはパンパンになった魔石入りの袋を持ち上げて、苦笑を浮かべる。


 中でもひときわ大きいのは、最初に倒したリザードマンから手に入れた魔石だ。


「やっぱ……あれってボス格だったっぽいな」

 死体が完全に消えるのを確認してから、残った魔石を袋に放り込む。


 アキラは洞窟の奥へ目を向けた。


 だが──。


「……弱いのしか出てこないな。拍子抜けだ」

 雑魚ばかりの状況に肩をすくめつつ、敏捷を少し引き上げる。


「ま、とっとと出口探そ」

 軽い足取りでアキラは洞窟を進んでいった。



 ◆◆◆

 

 ──そして異変は突然だった。


「……っ!? おい、なんだこれ」

 アキラは思わず足を止める。


 目の前には、死んでいるモンスターの姿があった。


名無し:【なんかあった?】

名無し:【なに? なんで止まってんの?】


(……他の探索者が倒した? でも、死体が消えてないってことは倒してから間もないはずだ)


 ならその探索者は近くにいる。

 しかし気配がない。


 ありえない。


(……姿を隠してる? 何で? 何かやましい事でもあるってことか?)

 緊張から心臓が大きく鳴り、汗が滴り落ちる。


(無視して進むか? ――いや、姿を隠してる相手に背を向けるのは危険すぎる)

 汗をぬぐい、周囲へ鋭く視線を走らせた。


名無し:【動けー!】

名無し:【ビビりすぎワロタwww】


(このままじゃらちがあかない……一か八か、勝負に出るしかないか)

 アキラは敏捷に全振りした。


「ぐっ……!」

 他のステータスが落ち込み、全身が鉛のように重くなる。


 武器が手から落ち、乾いた音が洞窟に響いた。


 ──そして世界が引き伸ばされる。


 空気の渦、影の揺れ、洞窟の奥。

 すべてがスローモーションのように鮮明に見えた。


(……見つけた!)

 アキラは瞬時にステータスを戻し、武器ソウルイーターを拾い上げ、その方向に踏み込む。


「そこだ! 姿を見せろ!」

 武器を構え、力強く叫ぶ。


 鋭い声が洞窟に響いた。


「……おじさんこそ何者なの?」

 アキラの声に応えるように、暗がりから一つの影が現れた。


 それは、高校生くらいの少女だった。


 彼女はその黒髪を、高めの位置でポニーテールに結び、その両側には細い三つ編みが揺れている。


 紫のパーカーの下からは、鍛えられた腰が露わになっており、そこにある小さなへそが、洞窟の薄明かりの中でもはっきりと見てとれた。


 さらに、黒と紫のチェッカースカートからは、しなやかな太ももがのぞく。


 防具を付けたアキラとは対照的な、露出多めの“配信者スタイル”。

 少女はアキラの剣も恐れず、真剣な表情でこちらを見つめていた。


(おじさん……おじさんかぁ……まあ否定はできないけどさぁ!?)

 唐突なおじさん呼びに、アキラは思わずショックを受ける。


名無し:【ユイユイ!?】

名無し:【マジで!?】


「なに? 有名な人なの!?」

 アキラがぽかんと口を開けた。


名無し:【知らないのかよw】

名無し:【今一番伸びてるアイドルライバーだぞ】


(なんで、そんな人がここに……)

 アキラが疑問に思い、ほんの一瞬だけ視線を外した、その瞬間――


名無し:【あれ? ユイたんどこいった?】

名無し:【消えた!?】


 気づけば、目の前の彼女の姿は消えていた。


「……くそっ! どこにいった!?」

 咄嗟に警戒し、周囲を見回すが――


「ユイの質問に答えて貰って無いんだけど?」

 直ぐ後ろから冷たい声が聞こえ、アキラの首筋にひんやりとしたものが当てられる。


「――っ!」

(気づけなかった……。この子、こんな見た目なのに完全に格上だ……!)

 アキラの額を汗が伝う。


「このイレギュラーエリアを一番最初に解放したのはユイよ! 他の探索者が居るはずが無いの! おじさんは何ものなの!?」


(……この状態で本当のことを話したとして納得して貰えるのか?)

 アキラには到底納得して貰えるとは思えなかった、なにせ自分でも今の状況を信じられずにいるのだから。


名無し:【……やばくね?】

名無し:【誰かあっちの配信に行って説明してこいよ!】


(どうする……?)

 少女から感じる圧は、あの時のリザードマンとは比べものにならない。


 ここで耐久やHPに全振りしても、首を切られる未来しか想像できなかった。


 さらにダンジョンで探索者に殺された場合、結晶で手に入れた武器やスキルは奪われる可能性があるのだ。


(……マズい。このままだと本当に全部、持っていかれる)

 その想像だけで、アキラの胸はきしむほど苦しくなっていく。


 絶望が心を覆いつくそうとした、その時――


(……え?)

 ユイの腕に固定されたスマホが、自分の体に軽く触れているのに気づいた。


(待て……いける、いけるかもしれない!)

 一瞬で頭の中に電流が走る。


(いや、でも……これ、通るのか? 効くのか? もし外したら……)

 喉がひきつる。


 だが、時間はもう残されていない。


(……やるしかないっ!)

 アキラは震える意識を押し込み、ユニークスキルを発動させた。


「《ハッキング》! 頼むっ! 通ってくれ……っ!」

 必死の願いとともに、ユイのスマホへアクセスする。


「よしっ! コマンド選択――ステータスの!!」

 アキラは、生き残るための一か八かの賭けに成功した。


「なっ!?」

 突然、体が重くなったことにユイが困惑し、反射的にアキラから距離を取った。


 そしてすぐに自分のD-ナビを確認し、ステータスの異常な数値を見て、愕然とした表情を浮かべる。


 その間に、アキラは手にした大剣ソウルイーターをそっと彼女の首筋へ突きつけた。


「くっ……」

 ユイは悔しそうにアキラを睨みつける。


 そんな彼女に対し、アキラは困ったように声をかけた。


「あの……話し合い、しませんか?」


「……え?」

 ユイはぽかんと口を開け、困惑したようにまばたきを返す。


 アキラはユニークスキルや、ここに至る経緯を簡潔に説明した。


 ​「はぁぁぁ!? そんな偶然あるわけな――え? マジぃ?」

 ユイは手を耳に当て、配信コメントを聞きながら目を丸くする。


名無し:【説明してきた】

名無し:【でかした!】

名無し:【やりますねぇ!】


 どうやらアキラの視聴者が、ユイの配信へ説明しに向かったらしい。


「……疑いは晴れたってことでいいのか?」

 アキラが、疲れた表情で肩をすくめた。


「話はわかったわ。悪かっ――」

 彼女が言いかけ、ふっと言葉を飲む。


「はぁ……だめねこれじゃ」

 大きくため息をつき、ユイは表情を整えた。


「ユイの勘違いで武器を向けて、ごめんなさい。正式に謝罪するわ」

 深く頭を下げるユイ。


「えっ? あっ、はい……」

 アキラが戸惑っていると、ユイは顔を上げ、ふっと笑みを浮かべた。


「あたしはユイ。登録者25万のトレジャーハント系Dライバーよ。よろしくね♪」

 彼女は満面の笑みでピースし、可愛らしくポーズをきめる。


「に、25万……っ!?」

 あまりの登録者数の多さに、アキラは息を呑み、身体の動きが止まった。


「……ねえ、おじさん」

 そしてユイは、まるで面白い玩具を見つけた子どものように、いたずらっぽい笑みを浮かべ──


「ユイと……コラボしてみない?」

 可愛らしくウインクしたユイの提案に、アキラの困惑はさらに深まるのだった。



 ◆◆◆



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 メモ

 敏捷は反応速度や目の良さ、足の速さなど、攻撃を当てたり、避けたりするのに必要な能力を上昇させるステータス。


 レベルアップとは、ダンジョンで得た魔力を使用して身体能力を上げるDダンジョン-ナビに備わった機能であるため、極振りしたとしてもステータスが元の身体能力以下になることは無い。

 

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