第19話 新型コロナの代償
各営業所に数人のみの出社が許可され、クラスターを発生させないようにと通達が出た。
星夜のいる世田谷営業所では、星夜のみの出社が許され、他の営業社員は直行・直帰。派遣の町田さんと宮田さんは会社からある程度の給料が保証され自宅待機に。皆が必要なチラシや書類などは、星夜が全て用意し、配ってまわるなどをしていたが、営業社員の顔は正直暗かった。皆迷いながら、不安を持ちながらで、集中出来ていなかっただろうと思う。
星夜は、営業所で1人で過ごす事が多くなった。今、1番危惧している事は、営業社員のモチベーション以上に、派遣の2人の契約更新がどうなるかだ。この2人がいなくなると振り出しに戻ってしまう。いや、それどころかこの未知のウィルス問題が不透明な今後を考えると振り出し以下だ。因みに、この時から定番になったオンライン会議では、各事業所の様子や要望などの聞き取りがあった。星夜は、事あるごとに派遣さんの契約更新を訴えた。町田さんと宮田さんの2人も不安な日々を過ごしているだろう。
派遣先の担当者からも更新について会社の見解を聞かれる事が何度もあった。最初のうちは、星夜も会社の方針の為、自分にはわかりかねる旨を伝えていた。こればっかりは星夜に何の権限もない為仕方がない。しかし、そんな日々が続く中で、その件について触れると色んな方が難色を示すリアクションをとるようになっていった。
そんなある日、派遣先の担当者から連絡が入る。毎回同じ返答しか出来なく申し訳ないと感じていた星夜は、逆に他の企業から依頼が出始めているのか聞いてみた。
すると、実は他の企業からいくつか打診があったそうだ。けれど町田さんも宮田さんも出来ればこの世田谷営業所で一緒に働きたいと希望してくれていたそうだ。星夜からしてみれば、彼女達は出来ればではなく、
『絶対に必要な戦力』と思っていた。
仮に元々少ない営業社員の人員が減るより、
彼女達2人がいなくなる事の方が死活問題だと会社には訴え続けて来た。しかし、もう星夜はわかっていた。彼女達と別れる時が迫っている事を。派遣の担当者には、数日後にまたこちらから連絡を入れる事を伝えた。
3月に、やっと今根課長の契約でようやくスタートが切れたのだ。この小規模の戦力で戦うにはどうしても町田さんと宮田さんの力が必要だ。星夜は本当に必死に訴え続けた。しかし、残念ながら予感は現実のものとなってしまった。
この通達を受けた時に、星夜の気持ちがプツンと切れてしまった。町田さんと宮田さんには申し訳ない気持ちとこれまでの感謝が入り混ざってとても悲しく切ない気持ちになった。
2人には直接、星夜からも連絡を入れて別れを告げた。その気持ちというのは伝染してしまうものなのだろう。営業社員も次々と退職していった。多少の時期の前後はあるが、コロナ明けに首都圏ブロックでは100名近い退職者が出たと聞く。他県への異動をしている社員達も経費削減も兼ねて、地元のブロックへ続々と帰還していく。そして、星夜にもそのタイミングが訪れた。
時代背景の問題や家庭の問題など様々な要素はあるが、精神も不安定になり始めた星夜には、振り絞る力も残っていなかった。今根課長は古巣の川崎支店へ戻る事になり、青薙さんと秋田さんの4人で最後に飲んだ日はとても楽しい時間だった。
川崎支店の事務、三谷さんにも大変お世話になった。彼女との別れもとても悲しかった。
本当に優秀で頼りになる、
『ワンダーウーマン』だった。
そして、土橋支社長と大野ブロック長にも直接挨拶をするために会いに行った。別々の日にお会いしたがどちらも1時間程話をしてくれただろうか。
星夜としては、『志半ば』だった為、もう少し一緒に仕事がしたかったが、お2人とも温かい言葉をかけてくれた。大野ブロック長も土橋支社長もこの会社でお会いするのはこの時が最後だった。新しく世田谷営業所に来た所長と引き継ぎを済まし、星夜は家族と共に地元へと戻る道中、この首都圏での出来事を何だか懐かしく思い返していた。
出会った人々、起こった出来事、その全てに『ありがとう』そう呟いていた。
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