第17話 同志の孤独
70代〜80代ぐらいの世代の方達には、
『思い込み』というのが良くある。
そしてそれは、大抵ネガティブな要素が多い。懸命に生きてきて、沢山の経験を重ねてきた人生の立派な先輩達だ。この20年程でみても、時代は目まぐるしく変化を遂げてきた。
『知らない事』が多いのは当たり前だ。
今、お父様の日常は目まぐるしく色んな情報が入ってきている。きっと戸惑っていると思う。そして、星夜の一言で暫く沈黙が続いていた部屋の空気が一変する。
「元々ご長女夫婦は、この自宅も古くなっている事で、建て替えて自宅併用にし、一緒に暮らす事を検討されていました。お父様は、その未来に自分はいないとお考えなんですか?」
星夜のその問いかけに、お父様は少し驚いた様子だった。ご長女はとても父親思いの人だ。
これまでもずっと『父はどう思うか』という事を先に考えていた。
『一緒に生きていく』
ここをお父様は切り離して考えていた様に感じていた。父親としてのプライドもあるのだろう。そして星夜は続ける。
「まず、借入額についてですが、規模が変わろうが弊社もD社も【同じ年数で】返済が終わります。それと、ここまでご長女が父親思いなのは、きっとお父様の愛情を感じてきたからでしょう。流石ですね。流石ついでに、ここでまた貸しを作っておいてはいかがですか?私にも娘がいます。お父様のお気持ちはわかります。私もいつかは面倒見てもらう日の為に、沢山貸しを作っておこうと思います。まあまだ娘は4歳ですけど。」
そう言うと、ずっと張り詰めた空気だった部屋が笑いで明るくなった。
幾つかの項目を再確認し、今回は自宅併用ではなく、駐車場のみで計画する事に承諾を頂いた。『内諾書』というものがある。
これは新築工事をさせて頂く為に、契約設計図等の着手に了承を得る書類だ。こちらとしてもこの書類が無いと契約業務に移行できない。
契約日も決定するが、仮に契約日もしくは契約日前に、お客様からのキャンセルがある場合は、幾らかの違約金が発生するという説明も終えた。
ご長女夫婦は少しホッとした様子だった。
お父様にも丁重にご挨拶を重ね、D社にもお断りを入れて頂く様お願いして、星夜達は高島宅を出た。
帰りの車内で、税理士の加藤さんにもお礼を伝えた。
加藤さんはかなり興奮気味の様子だった。
「正直、玄関でD社でやる事に決めた。と言われた時は終わったと思いました!長年こう言う仕事をしていますが、今日の事は忘れないと思います!」
そう言って笑顔で駅へ向かって行った。
2人になった車内では今根課長の笑顔が見られた。
「僕もダメだと思いました。」
担当者である今根課長が、生きた心地がしなかった心情は察する事が出来る。
どのお客様に対してもそうだが、やっぱり担当者本人はそこに費やす労力や思いがある。ただ、星夜は今根課長に伝えた。
「とりあえず今日は喜ぼう。そして、明日は日曜日の所悪いんだけど、夕方頃に一緒にお礼のご挨拶に行こう。今日書いてもらった内諾書は、D社も書いてもらっているはず。次は月曜日に来ると言っていたけど、間違いなく明日高島さん宅に行くと思う。うちにプランを合わせて来るから再度提案させて欲しいとなれば勝てるよ!だからもう一山あると思っておいて欲しい。ちゃんと振替休日とってね。」
今根課長は明るい表情で、
『ありがとうございます!』と言った。
『全て終わったら君にありがとうと言いたいよ。』
星夜は心の中でそう思っていた。
翌日、高島様のご自宅に2人で挨拶に訪れた。
わざわざありがとうとお父様からも労いの言葉を頂いたが、お昼にD社が来て、月曜の夜にプランを変更したものを持って来ると言っていたそうだ。
「わかりました。」
とお伝えしてこの日は長居しなかった。
星夜は今根課長に、
「明日は1日何も考えずに休んで」
そう伝えた。今根課長は、
『良いんですか?』
と言う様なリアクションだったが、明日は何かをするより休養だと伝えた。
そして火曜日、星夜は土橋支社長にお願いをした。星夜も今根課長もこの業界では年齢も成りも若い。最後の人押しに『偉い人』の同行で、直接挨拶して貰う方が良いと星夜が考えた為だ。
土橋支社長は、「もちろん!」
と了承してくれたので、一通りの状況を打ち合わせた。
しかし、同行頂く予定の水曜日、首都圏ブロックのトップである【大野ブロック長】から連絡があった。
「お疲れ様です。成田所長、本日の高島様同行の件ですけどねぇ、土橋支社長が体調良く無いので私が代わりに行きますよ。」
突然の事で少し驚いた。
と言うのも、星夜はこの首都圏ブロックに移動して来てから、この大野ブロック長とはあまり絡みがなかったのである。たまにあるブロック会議でお会いするぐらいで、これまで星夜に対しては多くを語る事がなかった為、どんな人なのか良く知らなかったのだ。ただ、星夜よりは年上だが、若くして今の地位にまで上り詰めた。この首都圏ブロックで、実力なしでここまでいける人はいない。言葉使いは丁寧だが、昔ヤンチャだったのだろうと言うのは何となくわかる。今根課長には、面談前に余り緊張で気疲れさせたくなかった事もあり、星夜は大野ブロック長に指定された営業所迄お迎えにあがった。
到着の連絡を入れると、大野ブロック長がこちらに向かって歩いて来た。助手席に座りシートベルトを締めたところで星夜が挨拶する。
「今日はお忙しい中ありがとうございます。宜しくお願い致します。」
大野ブロック長は、
「成田所長、首都圏ブロックは慣れましたか?」
と尋ねてきたので、高島様宅迄の20分ぐらいの時間に色々な話をした。
会議の際には事業所長達が叱咤激励を受けている姿も見ているが、この車内での大野ブロック長は、何だか地元の先輩の様だった。
この時星夜は、新人の頃、初めて同行してもらった久藤支店長の事をふと思い出していた。
あの時も普段とは違う雰囲気や表情にギャップを感じていたが、多くの人の上に立つ人達もなかなか孤独なのだろうと思う。世田谷で大苦戦している現状は、あまり問い詰められず逆に受け入れてくれていた。
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