第7話 星夜の異変
そして、その後にもう1人の記憶に残る上司がやって来た。
40代半ばの男性で、営業課長から一気に飛び級で昇進し、支店長としてこの支店に来た
【玉田(たまだ)支店長】だ。
割と小柄ではあるが、『出来る営業マン』らしいオーラがあり、昔やんちゃだった様にも見える見た目の割に、言葉遣いも上品で腰が低い。玉田支店長は、とにかくバランスの良い上司だった。コミュニケーションをしっかりとってくれて、指示も的確でわかりやすい。決して相手を強く責めたりしない。
凄く『協力を惜しまない』人だ。
いわゆる”長男”らしい人で頼りになるし、
とても可愛がってくれたと思う。
もともと営業課長としてバリバリ成果を上げて、実力でのし上がって来たタイプの人なので、数字に対しての責任感やそのコツを良く抑えている。本来はこう言う人がもっと多くを束ねるポジションにいて欲しい気もするが、本人にはそんな気は無さそうだった。生粋の自由人なのだろう。明るく、楽しく、結果も出して稼ぐ。そして遊ぶ。実に営業マンらしい人で、理想を現実に変えて人生を謳歌しているようだった。見習うべきお手本となるような上司だったと思う。
そして、この玉田支店長は花崎支店長に大変お世話になったそうだ。花崎支店長はこの頃、
ブロックを統括する程の地位にいた。
木場さん、花崎支店長、玉田支店長の3人は、
実は不思議な縁で継承されて来ていたのだ。
志高く、人間性も含めて同志になる様な人達はきっと人生のどこかで交わる事があるのだろう。それは必然の様でもあるが、なんだか不思議な話だ。
玉田支店長時代には、星夜はマネージャーのポジションを務めていた。結果を出して、支店に貢献したい気持ちとは裏腹に、星夜は既に
『うつ病』と葛藤する日々が続いていた。
感覚的な部分が大半を占める為、何がどうと具体的に語るのは少し難しい。これまでは、何人かに同時に話しかけられても難なく対応出来ていたし、1度聞いた事は覚えていた。
資料作成や書類作成も割とスピーディーで、
割と入念にチェックしていたのもあり、入力ミスや計算ミスもあまりしなかった。お客様に提案する内容にミスがあっては当然いけないが、数字に関しては特に死活問題となる。
星夜は、この様な事が当たり前に出来なくなってきた事にある日気づいたのだ。
最初は年齢を重ねる事での老いが始まったかと安易に思っていた。
気づけば星夜ももう30代半ば。
それは20代の時とは違う事もあるのは誰しもに当てはまる事だろう。しかしそれ以上に気になっていたのは、とにかく気力が湧いてこない。実際は無気力に近い。精神的にも不安定なのが何となくわかる。そして、睡眠の質も変わっていた。1度寝たら起きない。まず寝れないと言う事がこれまでの星夜にはなかった。
今や営業会社のマネージャーを務める。
管理職になれば、抱える部下の人数も年々増えていく。実はプレッシャー等でストレスが溜まっていたのか?何て事を思っても、あっという間に次の日がやって来て、あっという間に1週間、1ヶ月が終わる。そんなものだろうと吐き捨てる毎日だった。
何だか体が鉛のように重い日があった。
悪い霊にでも取り憑かれたかな?
軽く笑いながら独り言を呟いた星夜は、トイレで鏡を見て自分の顔色の悪さに少し驚いた。「顔が悪くなったのかな…。」
半笑いになり、また1人で呟く。どの様な表現が正しいのかわからない。顔色が悪いと言うより覇気が無い様に見える。ここ数年ずっと多忙だった。
「よし、今日は病院に行こう。」
星夜は、仕事を早く切りあげて帰り道にある内科を訪れた。予約していた訳でも無いし、初診の内科だ。かなり待たされひと通りの症状を話したが、事前に受けていた会社の健康診断でも特に異常は無かったし、雑談をする中で後日、精神科の先生と面談する事を薦められた。
この日も仕事に追われていたが、予約を入れていた事もあり、今回は精神科での診断をしてもらった。割と早い段階でハッキリと
「うつ病ですね。」
と言われた事は今も覚えている。
「うつ病とは、うつ病性障害と双極性障害(躁うつ病)に分けられ、うつ病では気分が落ち込んだり、やる気がなくなったり、眠れなくなったりといったうつ状態だけがみられるため『単極性うつ病』とも呼ばれますが、一方の双極性障害はうつ状態と躁状態(軽躁状態)を繰り返す病気。。。」
途中から先生の声は入ってこなくなった。
うつ病?自分が?いやいやいや…。
うつ病って心が弱い人がなるんじゃないの?
1人でぶつぶつ…。
そう言えば1人でぶつぶつ言う機会が増えたな。そんな事を思いながらふと我にかえった。
先生から休んだ方が良いと言われたが、また相談に来ますとだけ強めに伝えて帰る事にした。先生はまだ何か言いたそうだったが、星夜はその場をあとにした。
星夜は、あえてうつ病と言うワードに触れない様にした。
「気のせいだ。と言うか何でも気持ちからだ。」
自分にそう言い聞かせて、暫くこの事に関しては封印してしまった。仕事上の立場もある。
そして何より、星夜には守るべき家族がいるのだ。
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