第6話 受け継がれていく魂

星夜が入社してから4年が経った。後にこの会社を辞める際に、『良い上司だった』と思えた人が何名かいる。

その内の1人に神島副支店長がいる。

入社以来、営業部の責任者であり続けるこの支店の”クローザー”だ。

神島副支店長はスタイルも良くスーツがよく似合う。実はとても人見知りで誤解されやすい人だが、意外とお話好きで優しい。この人の凄いところは、営業会社において逃げる事は出来ない『数字』に対して責任感があるところ。当然大きな数字を作る為には、数人の頑張りでは無く、組織全体の成長と成果が必要だ。厳しい時代は長く続く事になってしまうが、その数字に対して逃げていなかったのは、この支店の生え抜きでは神島副支店長だけだった。

星夜が営業課長になってからの2年目以降は、

商談に同行して貰う機会が増えた。神島副支店長のもう一つの凄さは、『説得力』だ。

クローザーとは、商談にてその契約を決めきって来る人だが、この能力に関して言えば、結局後にも先にも神島さんを超える人はいなかった。感性が研ぎ澄まされていて、お客様が何を考えているのか?何を望んでいるのかが的確に汲み取れるのだと思う。まあこの人だけは説明不能で唯一の『天才』だ。

星夜は営業課長になってからどちらかと言うとよく喋る営業スタイルだった。しかし、何度も神島さんに同行して貰う中で、『タイミング』を学んだ様に思う。スタイルも『話す』が2割、『聞く』が8割程の割合に変わっていったし、

伝えるべき想いや説明をするタイミングがお客様の気持ちに沿っていなければ、聞く側は言葉が入ってこないものだ。

そしてこれは、この仕事においてだけでは無く、人と共に生きて行く中で『伝える』では無く、『伝わる』こそが大事だと言う事にも気づいていく。

そして星夜は、ここから『良い上司』だと思える人に立て続けに出会っていく事になる。


この会社の1年は、5月から始まり年を跨いで4月が締め月となる。よって上期の始まりは5月だ。この5月にまた新しい支店長が来た。

【花崎(はなざき)支店長】と言う187cmの大男だ。

そして、新たなマネージャーには神島副支店長の他にもう1人、【中田(なかた)さん】と言うこの支店の生え抜きの先輩が就任した。

中田さんは星夜と同じく20代でこの会社に入社した。以前は地元で銀行員をしていたそうだ。歳は星夜の2つ上。若くして入社し、若くして営業課長になった境遇は星夜と似ている。割と可愛い顔立ちをしているが、いかんせんお腹が出ている。自分に甘そうな太り方だ。

中田さんとは歳が近い事もあり、結構気が合った。中田さんと営業サポートの高木さんとは、何度か一緒に沖縄にも遊びに行った。このタイミングで仕事でも上司になった訳だが、中田さん本人からも上司・部下と言う感じでは無くお互いの良さを活かして協力しようと話があった。星夜は、中田さんの顔もたててあげたいと言う思いがあるのと、新しい花崎支店長の印象が、話した事も無いのに不思議と良かった為、何とか5月の初陣を飾りたいと考えていた。

結果、この年の支店最初の契約は星夜が獲ったのだ。中田さんも嬉しそうにしてくれていたし、花崎支店長からも最大級の賛辞を頂いた。この年の後半に、神島副支店長が支店長として東京に栄転していく事になるが、その時の送別会で神島さんが、

「花崎支店長は自分と同級生でしたが、気を遣わなくて良い環境を作ってくれて、男気があって、尚且つとても頼り甲斐のある、上司らしい上司でした。」と皆の前で語っていた。

神島さんの言葉通りで、同じ男としても人としても非常に魅力のある素敵な人だと星夜も感じていた。

しかし、そんな花崎支店長への感謝も強く空回りしてしまったのか、この年の星夜はスタートこそ良かったものの、自らの活躍による思う様な貢献が出来なかった。花崎支店長にも中田さんにも申し訳なく感じていた。

久藤支店長や神島副支店長の様に、尊敬出来る人と言うのはいつまでも自分の側にいてくれる訳ではない。やがて花崎支店長も昇格人事によりこの支店に別れを告げた。

花崎支店長からは仲間を信じる事、常に前向きな言葉をかけ続ける事を学んだ。人はどこで良い結果が出せる様になるかはわからない。自分と同じ組織の中で望む結果は出なくとも、人それぞれの道は続いて行く。

『いつかどこかで花開けば良い』

数字やプレッシャーに追われるこの業界で、このスタンスを守れる事の度胸と辛抱強さが花崎支店長の人望に繋がっていたのだと思う。


星夜がこの支店に在籍している間には、この後も2人の尊敬出来る上司がいた。

1人は、【木場(きば)さん】という50代前半の女性だ。マネージャーとして移動して来た木場さんは、星夜の直属の上司になった。

ショートカットで眼鏡をかけていて、とにかくポジティブで明るい。マネージャーとしては珍しく、様々な営業社員と毎日の様に良く歩いていた。

マネージャーとは、本来は商談のアポが取れているお客様の所に、商談に行く事からが自分の仕事と認識している人がほとんどだ。

しかし、木場さんは今まで見たどのマネージャーとも違った。1番最初の飛び込み営業から一緒に現場で汗を流す。20代や30代の社員が根を上げる程、とにかく一緒に歩いてくれたのだ。

星夜は、年齢の事を言えば失礼かもしれないが、50歳を過ぎた社歴の長いベテランの女性が、天候も関係無く一生懸命にサポートしてくれる姿を見せられると、

「コレはサボったらカッコ悪いな…。」

と感じていた。実際に自分のチームの新人や営業課員さん達に営業支援をしてくれる事で、

営業課長自身も自分の仕事に時間を割く事が出来る。実は、これは非常に助かるのだ。

チームの社員に力を注ぐと、どうしても自分自身の営業に割く時間が足りない。その足らずまいを埋めてくれたのが木場さんだった。

木場さんがこの支店にいてくれた約3ヶ月間、星夜の課は『チーム全員契約』を達成し、

支店及び、木場営業部の数字に大きく貢献した。木場さんはとてもわかりやすい言葉で労いの言葉をかけてくれた。でもこの結果は、仲間のみんなと木場さんのおかげだ。

星夜はとにかく数字で結果を出し、木場さんへの恩が返せたと思いほっとした。木場さんは、自分が主役になろうとは絶対にしなかった。

あくまで、『皆んなで嬉しい、楽しい』

を目指していた様に思う。ポジティブで結構豪快な性格ながら、細かいフォローもちゃんと忘れない。人の事を一切悪く言わないし、女性らしい気が利く人と言うよりは、シンプルに人格者だった。

木場さんもその後直ぐに転勤してしまった為、たったの3ヶ月ではあったが、星夜はこの3ヶ月間にとても良い印象を持っているし、

『自分はしてあげた』では無く、

『相手が心から望んでいる事は何か?』

と言う事がいかに大切かを学んだ。

実はこの木場さんは、星夜が尊敬する上司の1人である花崎支店長が、まだ新人だった頃の元上司らしい。

花崎支店長からも、

『とてもお世話になった尊敬する上司』

と言う事もこの時に知った。素晴らしい人が、また違う魅力を持った素晴らしい営業社員を育てた話を聞いた事に教育の大切さや、

『受け継がれていく』事の素晴らしさを星夜は知る事が出来た。これは星夜にとってとても大きな経験で、かけがえのない時間だった。

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