みらいドロップ

多ダ夕タ/ただゆうた

プロローグ

 飴を舐めると、未来へ行ける。


 行きたい時間を思い浮かべて飴を舐めると、飴が口の中にある間だけ未来に行ける。

 明日を想像すれば明日へ。百年後の日付を頭に浮かべれば百年後へ。無心で飴を舐めた時にはランダムな日時へ。タイムスリップというやつだ。現代にある私の姿はふっと消えて、未来の同じ地点に現れる。

 そこに持っていけるものは私、が身につけている物のみ。衣類に限らず、そのポケットに入っている財布や手に持った鞄なども未来へ持ち込むことができる。


 この不思議な能力に気がついたのは、小学三年生の時だ。

我が神沢家には「飴を舐めるべからず」という珍しいルールがあった。両親に理由を尋ねると、決まって「美蕾は飴を舐めると迷子になっちゃうのよね。」と不思議そうに答えるのだ。物心がつく前から、無意識にタイムスリップを発動させていたのだろう。

 幼い間は真面目にルールを守っていた私だけれど、五年前、小学三年生の夏に事件は起こる。事件、といっても一般人から見ればよくあることだ。

夏休みに家族旅行へ行った親友が、おみやげをくれたのだ。信州限定のみかんキャンディーだった。私は「家族ルールがあるから」と一度は断ったものの、とても悲しそうな顔をされてしまったので貰うほかなかった。

 家に帰ってからゴミ箱に捨ててしまえば、問題なかっただろう。しかし食べ物を無駄にすることはよくないと言うし、当時の私はタイムスリップのことなんて知らなかった。もう三年生なのだし、生まれ育ったこの町で、迷子なんて起こるはずがない。飴を舐めたって、問題ないと信じていた。

なにより、みんなが美味しそうに食べるお菓子に興味があった。私は家族から隠れて、家の近所の公園で、みかんキャンディーを口に入れた。

 腐る直前のみかんの、一番おいしいところをくり抜いたみたいな味だった。

 その瞬間に景色がぐるんと変わり、遊び飽きた遊具は見たこともないモニュメントになった。何が起こったのかわからなかったが、とにかく不思議なことが起こったので面白くなって公園中を駆け回った。駆け回っている内に、小さくなった飴を飲み込んでしまった。

苦しさのあまり何度か咳き込んで、喉の調子を整えてから顔を上げると、夢からさめたように、私は見慣れた公園に戻っていた。

 親友から貰った飴は五粒入りだったので、私はその後四回タイムスリップをして遊んだ。

 その中で、どうすれば想像した時間に行けるのか、何を未来に持ち込めるのか、それらのタイムスリップルールを発見したのだ。

 幼かった私は、自慢げに友達に話したりもした。

 まったく信じてもらえなかったし、面白がって真似した子も何人かいたが、誰もタイムスリップには成功しなかった。


 なんだかこの能力が、とてもくだらないものに感じて、それ以来、今日に至るまで、私がタイムスリップをすることはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る