夜の校舎で、君と
雨夜いくら
〜フラッシュに残る熱〜
「先生、これどっちからにします?」
「軽くホラーテイスト入れたいよな、もう少しグラウンド寄りにどうだ?」
「ならこっちですね」
暗がりに映る先生のシルエット、そっちから聞こえる指示に従いながらカメラのモニターを確認していく。
そこでふと気になり、隣で確認していた女子生徒に声をかける。
「大滝、街灯どうする?」
「下から画角に入れたいな」
「っ……」
不意に耳元に息が吹きかけられ、長い髪の毛先が首筋に降りてくる。冷たい夜風も相まって鳥肌が立ったのに、俺の顔だけは熱を持ってしまっていた。
「あ、良いじゃん」
また耳元で呟く彼女は、人の気も知らないで肩を寄せてくる。そして俺の手に冷たい自分の手を重ねてシャッターを押した。
「あっ、ごめん栗村くん。暗くて気付かなかった」
「……いいよ。次どこ」
立ち上がり少し見回すと、先生と他の生徒数人が別のカメラを囲んでいる。
時刻は夜中の21時を回った。
先生同伴で学校の敷地内に居る俺たちは、文化祭の出し物で使う夜の校舎の写真を撮っていた。
ただ、別クラスの出し物なので一体これを何に使うのかまでは知らない。
俺──栗村風翔ともう一人、大滝彩は写真部として機材の貸し出しと付き添いでここに居るが、何故か流れで手伝っていた。
「……あれ、予備バッテリーがない」
不意に聞こえてきた先生の声に振り向くと、カメラバッグをひっくり返して探している。
「部室に置いてきたんじゃないすか〜?」
別の場所にいる数人が、どことなくからかう様に声を張る。
けれど先生に、声色を気にする余裕はないようだ。
「かもな……悪い、栗村、大滝。二人で取ってきてくれ。場所分かるだろ?」
「分かりますけど……」
大滝がこちらを見て小さく頷く。
他の部員たちは三脚の高さを調整していて手が離せないらしい。
そんな人数要らないだろうけど、慣れてないものは仕方ないか。
先生から鍵を受け取り、暗がりの昇降口を抜けて校舎へ入る。
昼間は見慣れた廊下が、夜だとやけに広く、やけに暗い。
「寒っ……」
この暗闇の中では、点けたスマートフォンの画面すら眩しく感じる。画面の明度を最低まで下げてから、ライト機能をオンにする。
廊下の電気は点けるなと言われているので、頼りになる明かりはこれだけだ。
足音がコツコツと響くたび、後ろから誰かついてきているような気がしてくる。
「……ねえ、今、曲がり角のとこ……誰か居なかった?」
大滝がぼそっと呟いた。
そんな訳もないが一応足を止めて、彼女の言う方にライトを向ける。
「…………なにも無さそうだけど」
「……そう、だね」
「怖い?」
「わ、私は別に?」
「……にしては近いんだけど」
「寒いだけだから」
そう言えばさっきも言ってたな、と思いながら、また足を進めていく。
足を運んだのは第二校舎の三階、廊下の奥まで進んでいくと写真部の小さな部室がある。
「予備バッテリー……は、と。栗村くんこっち照らして」
「それ俺らが使ってたやつのだよ。確かそっち」
「こっち?」
「ん。……ん?」
ふと、冷たい風が吹いたような気がして顔を上げた。
窓の方を見回すが、どこも開いているようには見えない。教室に入ってくる時にドアも閉めたので風が吹くことはないのだが……。
「あれ?」
教室の出入り口で大滝が、ドアに手をかけながら小さく声を漏らした。
「どうした?」
「あ、ううん。いや……」
と小さく返して来るものの、彼女の仕草からして、ドアが開かなくて焦っているように見える。
そんなベタなことあるわけ無いだろうと思い、俺は彼女に駆け寄ってドアに手をかけた。
すると、想像に反してすんなりとドアは開いた。
「えっ」
思わず大滝に視線を移すと、彼女は見るからに「いたずら成功」と言った様子でにやりと口角を上げていた。
「……焦ったぁ……」
本当に、色々な意味で焦った。
「くふふっ、思ったより良い反応するじゃん」
「……心臓に悪いことすんなよな……」
「ごめんごめん、まさか君のほうが怖がってたとは思わなかったんだもん」
「そりゃ、夜の学校は怖いだろ……」
くすくす笑う大滝が、俺の袖を軽く引っ張ってくる。
「ねえ、じゃあ……もっと近くにいる?」
「は?」
「ほら、怖いときってそうするじゃん。ほらほら」
わざとらしく肩をくっつけてくる。
さっきも言っていたように寒さのせいだろう、彼女の手は冷たい。
なのに、俺の手のひらだけはやけに熱い。
——挙げ句の果てに真っ暗な廊下で、好きな子と肩を寄せ合う羽目になるなんて。
下手なホラーよりよっぽど心臓に悪い。
大滝は俺の手に自分の手を重ねると、さり気なくスマートフォンをスリとってライトを足許に向ける。
そして、からかうように囁いた。
「こんなに暗いのにね。……顔、赤いの分かるよ」
「っ……」
俺から見て彼女の姿はせいぜいシルエットしか見えないのだから、分かるわけがない。
でも、顔は間違いなく赤いだろうし熱を持っているのは確かだから俺は否定できなかった。
「早く、行くぞ」
誤魔化すように足を進めると、俺のスマートフォンと明かりを点けていた彼女は後ろから着いてくる。
「ちょっと、置いてかないで……」
不意に、誰かが前に居たような気がして俺は足を止めた。
「って、なんで今度は立ち止ま──……え?」
大滝も違和感に気付いたようだ。
いや寧ろ、先に気付いたのは彼女のほうだったか。
気のせいじゃなかった。
絶対に、誰か居る。
廊下の奥は、闇の中でさらに濃く沈んでいた。
蛍光灯の白さがひどく恋しいと思ったのは、たぶん今日が初めてだ。
足音が、追加で二つ。……いや、なんかもう三つくらい聞こえたような気もする。
思わず立ち止まると、後ろの大滝が小さく肩をすくめた。
「……やっぱ、なんか居る……よね?」
「……気のせいだろ」
そう言いながらも、自分の声がかすれているのに気付く。
否定の言葉を並べながらも、耳の奥がざわついていた。
次の瞬間、大滝がぐっと腕を絡めてきた。
驚いて顔を向けると、彼女は前を見たまま、妙に真剣な顔をしている。
「……こうしてたほうが、足、震えないから」
「……っ」
心臓の音が急激に逸り、自分の鼓膜を内側から叩く。
暗闇のせいで視界は狭いのに、彼女の吐息だけはやけに近くて鮮明だ。
なのに、背後からも何かの呼吸音が聞こえた気がして——足先から背筋まで一気に冷える。
でもやっぱり顔だけは熱い、どうにかして欲しい。
ただ振り返る勇気はなかった。
代わりに、大滝の指先が俺の手の甲を撫でる。触れる彼女の指は冷たいはずなのに、そこだけ熱を帯びていく。
「……ほら、行こう」
彼女が不器用に小さく笑った直後、廊下の奥でパシャ、とカメラのシャッター音が響いた。
フラッシュが一瞬だけ闇を裂く。
そこには、俺たちと同じ構図で並ぶ「二人分の影」が、はっきりと浮かんで────
「「っ……!?」」
それを見た瞬間、俺は大滝の手を引いて廊下を歩き出していた。
走り去るのは寧ろ怖くて、徐々に足音が速まると、彼女も小走りになってついてくる。
校舎の空気は夜の冷たさよりも重く、出口までの距離がやけに長く感じられた。
「さ……さっきの、なんだと思う?」
「知らない。てか……考えたくない」
昇降口の扉を押し開けると、夜気が一気に流れ込んでくる。
昼間より暗いはずの外が、妙に安心できる場所に思える。
「はぁ〜……」
ため息をこぼした大滝は、それでも腕を絡めたまま離そうとしなかった。
街灯の下、彼女の髪が夜風に揺れるたび、俺の二の腕に触れてくすぐったい。
「……ふぅ、もう……平気、かな」
そう言って彼女はようやく腕を離したが、次の瞬間、指先で俺の袖をつまんだ。
完全には手放す気はないらしい。
グラウンドでは、先生と他の部員たちがまだ撮影を続けていた。
ファインダーを覗く彼らの背後から近づくと、先生が振り返って手を挙げた。
「お、早かったな。バッテリー見つかったか?」
「……はい。これです」
早かったという台詞に若干の違和感を覚えながらも手渡すと、先生はカメラに装着して動作確認を始める。
その間、大滝は小声で俺の耳元に囁いた。
「……ねえ、あの影、やっぱり——」
彼女の言葉は最後まで続かなかった。
なぜなら、その瞬間に、俺たちのすぐ後ろで——誰かの足音が一歩だけ、砂を踏みしめた気がしたから。
──幽霊だかなんだか知らないけど、お前のせいだからな。
俺は大滝が指を絡めて繋いできた手に意識を向けて、どうか汗ばむことが無いように、と必死に祈りながらゆっくりと振り返った。
……そこには、当然のように誰もいない。
ただあざ笑うように、俺と大滝の重なり合うような足跡がグラウンドに残るだけだった。
辺りには虫の声が残響し、時々シャッター音が鳴る。
ただ、いつまでも心臓の鼓動音が耳の奥に残っていたのは……帰り道の途中まで大滝が俺の手を握っていたからに他ならない。
☆あとがき──────────────────
短編です。夏だしお盆、なので微ホラーでね。
新作ファンタジー書くって宣言したのに延期になった詫び短編です。
私ラブコメしか書けなくなったのかも知れない。
今回は中学校。
ホラーテイストなのに好きな子にくっつかれて、ずっとドキドキしてる男の子を描いてみました。それでもクールぶってるあたりは年相応よね。
反響があったら続き書くかも知れません。
夜の校舎で、君と 雨夜いくら @IkuraOH
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