第二章『帰る人』

 家に帰るのが嫌になったのは、いつからだろう。

 改札を出ると足が重くなる。家までは十五分。少しでいいからその時間を伸ばしたい。

 だから、まっすぐ帰らずに毎日違う道を選ぶようになった。


 今日は商店街の裏を通る。

 昼間でも薄暗い路地を、ゆっくりと猫が歩いている。


 同棲している彼氏の顔を歩きながら思い浮かべる。

 三年前から一緒に住んでいるが、最近会話が減った。朝は「おはよう」と「いってらっしゃい」くらいだし、夜は「おかえり」「お疲れさま」程度で、ロクな会話がない。

 彼も私も、お互いに不満があるわけでもない。ただ、なんとなく気持ちが離れていっているのだけはわかる。


 そんなことを考えながら歩いていると、小さな公園を見つけた。すべり台とブランコ、砂場があるだけの小さな公園だ。

 誰もいないのをいいことに、私はすべり台に腰を下ろし、コンビニで買った缶コーヒーを開ける。


 帰れば、彼は「遅かったね」と言うだろう。

 責めてはいないが、その一言が重い。


 すべり台から見える景色は、住宅の屋根と電線だけ。なんだか電線が蜘蛛の巣のようだと思った。家に絡みつく蜘蛛の糸。囚われている。そんなイメージ。

 あれこれと面倒な思考がめぐる。どうしてこんな風になってしまったんだろう。

 日が暮れるまで遊んで、帰る。シンプルで、ただそれだけでよかった子ども時代が懐かしい。


 缶コーヒーを半分飲み、スマホを見る。まだ大丈夫そうだ。

 別れたいわけじゃない。ただ、この先がわからない。結婚や将来の話は一度もしていない。ただなんとなく一緒にいる。


「私たち、どこに向かってるんだろう」


 風が吹き、公園の木の葉が揺れる。その音ではっとした。一瞬のように思えたけれど、そこそこぼーっとしていたようだ。

 時間を確認する。そろそろ帰らないといけない。


 私は立ち上がって、まだ半分以上残っている缶コーヒーをすべり台の横に置いた。もったいないけどもう飲み切る気もおきないし、持って帰るのも何となく面倒だった。


 明日も別の道を通ろう。

 そう思って、公園を出た。足は重いままだった。

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