循環と町
三角海域
第一章『話す人』
昼休みのベルが鳴ると、弁当を持って工場の外に出る。
同僚たちは食堂で固まって昼を食べるが、俺は一人で食べる。
食事中は、誰もが話す。愚痴や世間話。聞くふりをしながら自分の順番を待っているだけの会話。
そういう場は疲れる。だから一人で食べるようになった。
工場から五分ほど歩いた駐車場に自販機がある。この時間は人が少ない。
自販機の横に腰を下ろし、弁当箱を開けた。
「今日も暑いな」
自販機に話しかける。返事は当然ないが、構わず続ける。
「息子から電話があった。就職決まったんだって。誰でも知ってるような会社だよ。俺みたいにはならずに済みそうで、よかった」
茶を飲み、一息つく。
「この前妻に聞いたんだが、最近の若い連中は一日中スマホを見てるんだと。それがよくないだのって言ってたけど、お前だって一日中テレビ見てるだろうって。そんなこと言えないけどさ」
家では妻が忙しそうにしていて、俺が話しかけても、そうね・うん、という程度の返事しかない。息子は大学を出てから家を出て、年に数回電話をくれる程度。
職場では必要最低限の会話しかしない。
そんな日々を続けているうち、何かが自分の中で擦り減っていくように感じられた。
ここでは自由に話せる。誰にも聞かれないし、返事も求められない。言葉を外に出すだけだ。
冷たいペットボトルを手で転がしながら、自販機にもたれた。
「最近、夜中に目が覚めるんだ。年のせいかな。布団の中で天井を見てると、いろんなことを考える。昔のこと、これからのこと。どうにもならないことばかりだ」
時計を見ると、昼休みはあと十分。茶を飲み干して、ゴミ箱に捨てた。
「今日も話を聞いてくれてありがとな」
工場へ戻ろうと振り返ると、砂利道の先に年配の女性が立っていた。
そのまま女性は歩き去った。
「どこへ行きたいんだろうな」
どこへ行きたいか。
なんだかその言葉は自分に跳ね返ってくるように感じられた。
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