第6話 便利な力

 ラスボスくんは二階から転がり落ちてきて軽症だったわけだけど、普通そんな事があったら軽症じゃ済まない。

 むしろ軽症どころか額の傷は本来血が出るはずなのに、すぐに血が止まり一時間もしないうちに傷は塞がってた。

 凄いなラスボスくん、原作で知ってたのに実際に見たらびっくりしちゃった、むしろ原作じゃぁもっと凄いことしてたのに。


 ではなぜそんなびっくり人間になっているのか。

 その理由こそがエーテルだ。

 さて隕石が原因で世界に溢れたエーテルだが、今や地面から植物から生物へと、その辺の落ち葉にまで宿しているエネルギーである。


 エーテルは最初地面に混ざり、そこから地面から生える植物、植物を食べる動物、その動物を食べる人間って感じで広がっていった感じだ。

 肉体は食べた物により形作られる、食べる事は生きる事とはよく聞く話。

 医食同源とか同物同治とかの言葉まである、食べた物が肉体を作る、エーテルを含んだものを食べれば肉体もエーテルを含むようになっていく。


 人体を構成するのは細胞であり、細胞は細胞分裂の繰り返しによる入れ替わりが起こる。

 皮膚は約一ヶ月、血液は約四ヶ月と言われているが、つまり一月前と一月後の人間を構成する細胞は別物で、そうして生物の構成要素の中にエーテルが増え、そんな人間が繁殖した結果今の社会に溢れかえっているのだ。


 世界中に溢れているエーテルは人間に宿っている、ならば当然だが自分に宿っているエーテルを扱うことだって可能だ。

 一番わかりやすいのが異能力。

 手で触れずに物を持ち上げたり、火を出したり、瞬間移動したり、およそ人が想像するような色んな異能力が存在し、その異能力を使う上で人はエーテルを消費する。

 けれども異能力を使えるのはごく一部の人間だけだ。

 それ以外の人間だってエーテルは持っているし、異能力以外でだってエーテルを使うことは出来る。

 原作で出ていたが、そのエーテルを己の肉体に使う事で単純に力を強くしたり丈夫にしたり治癒力を上げたりと、異能力を持ってないのにエーテルで色々出来るキャラもいた。

 結構便利な力なのだ。


 とはいえ、世界にエーテルが溢れかえっていようと普通に生きていてソレを身近に感じることは、実はかなり少ない。

 そもそも現在の技術の根幹にエーテルを用いているからって、ただ消費しているだけの人間じゃ分からんだろう

 前世でだって、日常的にスマホを使っているからってスマホに用いられている技術を身近に感じたわけじゃない。

 タッチパネル操作して、これ静電気とか認識してるんだよなぁって感じる訳じゃないし、ワイヤレス充電してるのを見て電磁誘導でやってるんだコレって感じる訳でもない。

 その分野が専門の技術者でもないとただの情報としてしか認識できないのが現実だ、俺も正直前世とは違ってエーテルが溢れてるんだよって言われてもあまり実感がない。

 でも確かにそのエーテルを人は上手く扱えるように日夜研究し、技術やらに応用していってるわけだ、正直科学的にファンタジーパワーを解明するのはやめて欲しいところだけど。


 けれどもこの便利なエーテル、俺は操れない。

 というか多分、殆どの人間が扱えない。

 だってやり方が分からないもの。


 そもそもエーテルが登場したのは百年くらい前からだ、そんなつい最近生えてきた力を手足のように扱えってのは流石に難しい。

 原作じゃぁ回路の形成がどうの、孔の形成と出力がどうの言われてたけど、つまり新しい器官が出来たようなもん。

 例えばある日、人間に突然翼が生えたからって、直ぐに飛べるようになるのだろうか、ならないだろ、今まで動かしたことのない器官だ動かし方が分からない。


 そもそも現状、俺はエーテルというのをイマイチ感知できない、何か良く分からんのがあるようなないような。

 気分的には砂漠の砂を水なしで逆ピラミッドを作るような、もしくは手だけで水を掬うような、形が定まっていないようなものを無理矢理何か形を形成しようとしてる気分。

 何となくあるようなないようなって程度の感覚、でもこの程度を感知できない人間だって多いのが現状だ、もう少し時代が進めばまた変わるかもだけど。


 そもそもこの力が何かについては、ファンタジー作品における魔力とか霊力とかそんな感じの物らしい、そもそも隕石がそういうファンタジー寄りの代物だそうだから、当然と言えば当然か。

 魔力みたいなもんだとは言っても、魔法とかそういうのはない。

 異能力がソレに近いそうだけど使える人間が少数、かつ一人一つまでだからな、物語の魔法みたいな素敵な力って感じはしない。


 原作だと確か異能力を手に入れるとエーテルを感覚的に感知できるようになるとか何とか。

 つまり現状の俺じゃ、逆立ちしたとしてもエーテルを欠片たりとも操ることは出来ない、ぜひとも原作のように身体能力を底上げしたり、もしくはシールドを張るみたいなやつやりたい。

 だって楽しそうだし。


 色々御託並べたけどつまり、俺はそういうことは全く出来ないけれど、ラスボスくんは出来る。


 別にラスボスくんはエーテルがどういうもので、どう動かしたらどうなるのかってのが分かってるわけじゃない。

 ただ本能的に、感覚で、怪我しないように肉体の強度を上げ、怪我をしたら負傷部位を治癒し、食事やらなにやら足りないものをエーテルで賄っている。それこそ生まれてすぐの頃から。

 だから今日まで生きてこれたし、だから発現したばかりの能力で町一つ落とした。

 天才だ、何なら原作者がエーテル関連の才能の上位を言及してたけど、殆どの項目で名前が上がってた。

 歪んだ愛情のような物を感じる、気に入りのキャラならもっと真っ当に愛せよ作者。

 因みに主人公は真ん中の方だった、もっと自分のところの主人公に才能を与えて欲しかったんだけど。


 マァそんなワケだからこそ、俺はラスボスくんは暴走しなかったかもしれないと判断したのだ。

 自我すらろくに定まってない頃から無意識下でエーテルを扱える人間が、異能力が発現したからってその力を持て余すわけないだろ。

 むしろラスボスくんの能力からして、あそこまで被害を出せる物じゃない。

 ラスボスくんの能力は、単純な破壊力があるとかそういうのじゃないのだ。本人の素質とかそういうのが凄いから被害が出ているだけで。


 そも、俺はラスボスくんの暴走時に備えて今のうちに色々してるけど、じゃぁ暴走してから止めようって気はないのかってなるかもしれない。

 うん、勿論ない。

 正直能力が使えるようになったラスボスくんの相手はしたくない、何されるかわからんし、能力が使えない俺じゃ何も出来ずに殺されて終わりな気しかしない。


 俺だって考えなかったわけじゃない、バトル漫画の主人公として戦って勝ち取る平和もいいと思う。

 だって一応は主人公として転生してるわけだ、原作じゃ主人公はきっちりラスボスに勝ってたし、ポテンシャル的には勝つこともありえないこともないと証明されてる。


 その上で、絶対無理だなって思ったのだ。

 そもそも原作での勝利だってギリギリだったし、百回やって一回勝てるかどうかっていう一回を、少年漫画としてしっかり仲間と共にもぎ取った勝利。

 否今はラスボスくんだって本編ほど強力じゃないから行けるかもしれないけど、俺だって本編見たいな身体能力もなきゃそもそも能力すらない。

 俺はギャンブルは好きだけど、勝ち目がない賭けはしない主義だ、否勝ちすぎも嫌いだけど。

 

 ぶっちゃけ、純粋に危険な能力なら触れたら即死みたいな能力者も原作じゃ出ていたし、もっと派手な能力だってあった。

 そんな能力者を押し除けてラスボス張ってたバケモンに、今の俺が勝てる想像ができなかったのだ。


 だから俺はラスボスくんの情に訴える事にした、とりあえずなんでもいいから、気分いいからついでに街もぶっ壊そう! ってなった時に、ストップをかけるような理由を作ろうと思った。

 人間が相手なら一番の弱点は、やっぱり心だからね。

 人の心のある相手ならば、そこを突かない手はないよ。

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