第5話 教育によくない

 反応をようやく貰えるまでに一ヶ月。

 さて、ではどんなに短くとも声に出した返事を貰えるまでにどれくらいかかったのか。

 詳しい時間は数えてないけど、桜の花が開花する前で、蕾が膨らみ始めたころ、つまり出会ってからおおよそ三ヶ月ちょい。


 とっても印象的だったからよく覚えている。

 今でも、思い出そうとしたらまるでさっきの事のようだ。

 まず最初に、ラスボスくんが空から降ってきた姿が浮かんでくる。

 空からというか、二階から降ってきて地面の上転がる姿、の方が正しいか。


 では俺がラスボスくんから最初に聞いた言葉、の前に、何故そんなことになっていたのかについて。


 といっても別に、何か特別な事情があったとかじゃない。

 階段のところに座ってたラスボスくん、そこに降りようとして邪魔だと思った父親が蹴り落した。以上。

 因みに俺が聞いた初めての言葉も衝撃的だった、だって「パチ(パチンコ)」だったんだから。びっくりしちゃったね。


***


 さて詳細。


 春休みに入ってすぐの事だった。

 その頃にはなんだかんだラスボスくんが帰っていくのについて行ったりしていて、中々にぼろいアパートだったがマァ予想通り。

 家も特定できていたので休みを利用して下見をしたりしていた、いつか侵入するかもしれない、その日を見据えての下準備だ。


 いい感じの木とか塀とかを見ては身体能力が足りない事を歯がゆく思って、また別の侵入ルートを考える。

 大変有意義な時間を過ごしていた、前世ではこういうボロアパートに引っ越しては、まず最初に逃走ルートを考えてた、懐かしい。

 二階ならベランダに靴を置いといて、外が怪しくなったら最低限の荷物を持ってベランダから木の枝に飛び移って地面に着地、裏路地通って大通りに出て姿をくらます。

 普通アパートを借りる時は色々審査が必要だけど、こういうアパートは結構ざるだから簡単に入居できるんだよな。


 そんな時、アパートの階段のところに何故か座ってたラスボスくんと、自分の部屋から出てきてどこかに行こうとしてた父親が、片足を後ろにちょっと引いてそのまま背中に向けて一蹴り。

 ゴンっとドンっの間くらいの音がした、背骨に当たったんだろうけど、そもそも背骨には肉とかがあり、その外側に皮膚がある。

 つまりその肉に包まれた骨を殴った感じの音だ。

 いい音したなぁあの蹴り、あれは蹴りなれてる人間の動きだった。


 そして蹴り落されたラスボスくんは軽かったから普通にそのまま前の方に飛んでいき、ちょっと宙を舞って階段を転がって地面に落ちて、勢い殺せずそのままちょっと地面も転がった。

 自分が蹴り落したガキに視線を向けることなく、ポケットに手ぇ突っ込んで歩いていく後ろ姿は、中々見栄えがよろしかった。

 スタイルがいいんだよね、足も長いし、歩く姿が絵になる。

 キャラデザがいいというのは偉大だ。


 ラスボスくんとは当たり前だけと全然似てないな。


 地面を転がったラスボスくんは、ちょっと蹲っていたが直ぐに置き上がり、立ち去る父親の背中をちょっと見つめてた直ぐに逸らした。

 額切れたのかちょっと血が垂れてる、逆に言えば見た所それ以外のけがはなさそう。頭打たないように手で庇ってたし、骨が折れるような音はしなかったから大きな怪我はしてないだろう、丈夫だな。


 立ち上がって、袖で額の血を拭おうとしてるラスボスくんに、ポケットに入れてたハンカチを差し出す。

 運がいいね、今日はたまたま持ってたけど普段はハンカチとか持ち歩いてないんだ。


 にしても。


「どこ行ったんだろ」

「パチ」

「へぇ、パチンコかぁ」


 あれ。

 今の声もしかしなくてもラスボスくんか。

 エ喋った!?

 ラスボスくん喋ったのか。


 最初の言葉がパチだった、どうなんだろう。

 マァ見た目は成長してるし、パチンコの存在だって理解してるくらいの年齢だろうし、別に何にも問題ないんだけど。コレが赤ん坊だったら親が泣くな。


 それよりも、パチに行ったのか。

 ふぅん。

 ちょっと気になる事があったのでラスボスくんに向き直って、真剣な声を出して聞いてみる。


「少年、あの人はさ……」

「……」

「馬と船と自転車はやるの?」

「………………うん」

「いいねぇ、因みに麻雀は?」

「……さぁ」

「へぇ」


 何か、ラスボスくんの視線がちょっと冷たくなったというか、残念なモノを見るような視線になった気がする。

 前世で友人に同じような目で見られたから分かる、流石にあの友人よりは優しい目だけど。

 コレはアレだ、駄目な人間に向ける目だ。

 いきなりひどくないか。


 そもそもね、ギャンブルに嵌って一体何が悪いんだ。

 アレはプレイヤーが嵌る様にできている遊びなのだ、勝つか負けるかが分からないからこその高揚感、自分以外のプレイヤーの熱気、数字一つに一喜一憂し、一夜で人生が滅茶苦茶になるかもというスリル。

 思い出しただけで呼吸が荒くなってきた、なんだか手も震えてる。

 大丈夫、今世ではギャンブルとは上手く付き合うつもりだ。

 前世では消費者金融で金借りて、腎臓を売り、それでもやめられずに闇金に手を出して夜逃げして海外に飛んだんだっけ。懐かしい。

 流石にやり過ぎたって今では理解できている。


 それは兎も角、父親はその後パチンコに向かったようだ、大変羨ましい。

 玉打ちだけじゃなく馬も船も自転車もやるのか、いい趣味だ。

 麻雀は、うん、雀荘は偶に中華系列の黒い組織の人が引退した後隠居しながら経営してる、なんてことあるからね。

 あの父親は中々素行が悪い、お行儀よく遊べる自身がないなら行かないのは賢い、でも楽しいんだよなぁ麻雀も。

 公営ギャンブルは運要素が強いけど、麻雀とかカードゲームは心理的駆け引きも入ってくるからさ。

 日本じゃ中々そこら辺のゲームは出来ないけど、遊び方がわかったら楽しめるよ、遊び方分からないうちはカモにされるけど。


 俺は年齢的に無理なのに、十八だと誤魔化せるくらいに成長してからじゃないと、どこの賭博場でも遊べないのに。

 せめて原作通りの能力を覚醒出来ればいいんだけど、使えるようになるのは原作通りでもまだ先なんだよなぁ。

 中々便利な能力だから是非とも使いたいのに、頑張ってくれよ俺のポテンシャル。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る