第一フロア攻略

第三話 水竜、対峙

***


【72時間以内に魔王を討伐してください。失敗した場合、セーブ地点まで初期化されます。残り時間:71:59:59】


「は……?」


その文字列を理解するのに、まるまる一分はかかった。72時間以内に、魔王を倒せ? そんなの、無理に決まっている。


「秋、これは……?」


隣の友奈も、絶望を顔に貼りつけていた。

多分、俺も同じような顔をしていたと思う。


「友奈」


「ど、どうしたの?」


「王様に会って、あの部屋で待っていてくれ。ここから先は俺ひとりで行く」


「な、何を言ってるの!? 一人でなんて――!」


俺は笑った。強がりでも、今の俺にできるのはそれだけだった。そしてもう一つ――今すぐ魔王を殺しに行くこと。


「この城、壁抜けできるポイントが多い。足手まといだからって言ってるんじゃない。……友奈には、王様に俺を勇者として認めさせてほしい」


静かに諭す。

友奈は黙ったままだった。怒っているだろうか。そりゃそうか。恐る恐る尋ねる。


「……友奈?」


「嫌よ!秋一人でなんて、そんなのダメ!!

なんで?私はあなたに――」


その言葉に、なぜだか心の深いところがえぐられた感触がした。


「友奈、俺は、君に」


友奈の顔は涙でグチャグチャだった。

――ああ、俺、友奈をこんな顔にしてしまったんだ。


でも、でも。

今はまだ――


「友奈、俺は一人で行く。君とは一緒に行けないんだ」


「――嘘つき」


「――え?」


「嘘つきッ!!」


叫んで、友奈は部屋を飛び出した。

――嘘つき? 一体何のことだ。


……いや、今はいい。

一刻も早く魔王を倒す。それだけが、今の俺が、友奈のためにできることだ。


残り時間:71:51:09


***


王城に入ると、玉座ではなく牢屋へ向かった。あそこにいる兵士と一緒に壁へ突っ込めば、壁抜けでイベントをスキップできる。

――もし、システムが変わっていなければ。


廊下を全力で走る。

ゲームのシステムアシストで身体能力は底上げされているが、それでも三日という制限はあまりに短い。


角を曲がると、牢の見張り、その兵士が見えた。


「すまん、身体、借りるぞ!」


兵士の腕を掴み、そのまま壁へ突っ込む。


「な、何を――!?」


――視界が揺らぎ、壁が消えた。

次の瞬間、足元の感覚がふっと消える。


「うおっ……ここ、城門の前か!」


成功だ。

立ち上がりざまに兵士へ叫ぶ。


「急いでるんだ、悪い!」


振り返ることもなく走り出す。城下には赤い屋根と緑の木々。首都プリムの街並みを抜ければ、草原が広がっている――はずだ。


屋根の上を走り抜け、城下を飛び越える。


その先に見えたのは、ウサギ型のモンスター――ラプルスの群れ。


「……変わってない、か」


安堵が漏れる。

出現する魔物は同じ。変わるのは、ボス級だけ――そう考えていた。

けれど、胸の奥でひっかかる。


――あの兵士、感情があった。

バグ技に反応するなんて、ただのNPCじゃありえない。


やっぱり、この世界は俺の知る『クロノ・クロニクル』じゃない。


草原に降り立つ。ラプルスの群れが周囲を囲む。ちょうどいい、腕試しにはもってこいだ。


「――さあ、始めようか」


残り時間:70:42:01


***


残り時間が、また二十四時間を切った頃。


「ここが……ボスダンジョンか。ここまで来るのに、二日……」


眼前にそびえるのは、古びた塔。

全体をツタが覆い、壁には風化した文様。まるで時の流れに取り残された遺跡のようだった。


俺は持てる限りの知識と技術を総動員した。

それでも――第一フロアを抜けるのに丸二日。


……考えるな。進め。迷っている時間はない。


幸い、フィールド同様にダンジョンの構造の大枠は変わっていない。内部に水路が追加されている以外は、見覚えのあるダンジョンだ。そして――その水路の先が、ボス部屋へと続いている。


俺は水路を辿りながら迷宮を彷徨う。

ふと、何かに気付いた――そんな感覚に陥り、足を止める。


「勇者も、こんな気分だったのかな」


誰に言うわけでもなく、一人呟く。手に握っていた剣に、力を込める。


――絶対に、倒す。何があっても。必ず。


俺は覚悟を決めて、また歩き出した。


残り時間:23:43:12


***


「よかった、これならすぐに――」


通路の角を曲がった瞬間、ツタが絡まっている巨大な扉と、その正面に広がる広場が視界に入った。


迷わず、ギィイ……と鳴る扉を押し開ける。重い音が広場に響いた。


第一フロアのボス――水竜系モンスター――

【ナカリウス・アクアリス】


巨大なヘビのような姿に、まるで鎧のような強固な鱗。背中を隠すように生えている背びれ。その全てが、今更ながら、俺を異世界に来たと強く思わせる。


かつては高揚していた心が、今はただ冷え切っている。胸の奥にあるのは、恐怖でも緊張でもない。ただ、静かな絶望だった。


中央の大きな池。その水面を滑るように泳ぐ青白い巨体。

背びれの先に宿る光が、水面にゆらゆらと反射している。


「……また、か」


なんの合図もなく、俺はその水竜に切りかかる。アクアリスは急いで身を翻すが、間に合わずに俺の攻撃をもろに受ける。その反撃とばかりに、口から滝のような水流を吹く。盾に当たったその反動が、身体を襲う。


だが――多少の強化は感じたが、攻撃パターンは変わっていない。


これなら勝てる――はずだった。


だが、気づけば視界が白く弾けていた。


残り時間:21:03:52 【1時間没収】


***


目を開けると、そこには、また石造りの巨大な扉。カウントを見ると、一時間が減っている。どうやら、俺や友奈の死で、時間の減りが早まるようだ。


「……また、ここからか」


絶望をにじませた声で、一人呟く。

でも――と、思い直した。

完全なスタート地点じゃない。ということは、ボス討伐でオートセーブされてる?

ならまだ希望はある。次はもっと早く――。


――いや、それよりもまず、友奈に会わなきゃ。


王城の廊下を全力で駆け抜ける。


友奈、友奈――!


友奈の部屋の扉の前に立つ。

たった二日ぶりなのに、ずっと会ってなかったような気がした。


「友奈――」


扉越しに、友奈に声を掛ける。その奥から、弱々しい友奈の声が聞こえてくる。


「負けちゃったの? 秋」


「ああ、ごめん。でも――」


扉に手をかける。ただ、顔を見たかった。ただ、話したかった。


だが。


「来ないで!!」


中から響いたその声は、鋭く、冷たい拒絶の声。


「え……なんで?」


「今は……会いたくないの」


「どうしたんだよ、友奈? 何かあったのか?」


焦りが声ににじむ。

わからない。何が起きてる?


「秋、あのときの約束……覚えてる?」


「――約束?」


「ごめんね。秋が私のために頑張ってくれてるのはわかってる。でも、今は――思い出してほしいの、あの約束を」


それきり、扉の向こうから返事はなかった。


残り時間:12:25:06


***


友奈の言う“約束”って、なんだ?

またリセットされるまでに、思い出さないと、もう二度と、友奈と一緒にいられない。なぜかそんな気がした。


怒ってた。そりゃそうだ。俺のせいで、こんな世界に閉じ込められて。


でも俺だって、必死だった。

今回だって、友奈のためにボスを倒しに行ったのに。違う、なんでこんな事を――


「……俺、最低だな」


友奈のせいにして、努力したふりして、結局逃げてるだけだ。

思い出せ、約束を。――あのとき、俺は確かに――。


その瞬間、世界が閃光に包まれた。


***


赤い画面が、無慈悲に表示される。


【72時間以内に魔王を討伐してください。失敗した場合、セーブ地点まで初期化されます。残り時間:71:59:59】

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