第四話 約束
***
俺が友奈と出会って間もない頃のことだ。
夏の盛り、近所の川辺で二人で遊んでいた。蝉時雨が空を埋め、風はぬるく肌をなでるだけの、ただの長い午後だった。
帰り際、俺は気づいた。確か――アニメのキャラクターのキーホルダーをどこかで落としたのだ。
初めて自分で買ったグッズだった。思い入れがあった分だけ、心にぽっかり穴が開いた。
「あれ……。やべ、俺、忘れ物した。友奈、先に帰っててくれ」
「忘れ物って、あのキーホルダー? 秋、ずっと大事にしてたのに、なんで落としたのよ?」
「そうだな……」
「私も探す」
「いや、今からだと暗くなっちゃうし、そこまで迷惑はかけられないよ……」
友奈は俺の顔をまっすぐ見て、にっと笑った。その笑顔は、その時の俺が見たどんな光景よりも鮮やかで、世界の色を一段と明るくした。
結局、一緒に探した。見つけたときには空はもう藍色に沈んでいて、街灯だけが二人の影を長く伸ばしていた。
「ありがとう、友奈」
「いいよ、私も楽しかったし」
「でも、何かお礼を……」
「じゃあ、約束して」
それが、友奈の言う“約束”だった。
「約束?」
「ええ。――また一緒に冒険するときは、絶対に……」
***
閃光が空を裂き、意識が引き戻される。気づけば、三日前の夕暮れに戻っていた。横には友奈がいる。彼女は無言で歩き続けている。
「友奈」
足を止めずに、彼女は歩く。振り向かない。
「待って、友奈」
足が止まる。呼吸が詰まりそうになる。
「友奈、俺、約束を思い出したよ」
その声に、友奈の肩が小さく震えた。
「……忘れてたの?」
友奈の声には、わずかな悲しみが混じっていた。
「友奈との会話は全部覚えてるよ」
間をおいて、もう一度言う。
「友奈、俺に約束を果たさせてほしい」
思い出した記憶の最後にあった言葉を、今ここで繋げる。
***
「ええ。――また一緒に冒険するときは、絶対に――」
***
――二人で。
「俺と、また、二人で冒険してほしい」
「なんで、今更……」
「俺はこの世界に来て、ずっと君を守ろうと思ってた。でもそれだけじゃ足りない気がしてた。遅すぎるかもしれない。それでも、頼みたい。ほかでもない、君だから」
「ホント、バカね……」
「ごめん」
友奈はくるりと身を翻してこちらを向く。
その顔には、拭った涙の跡があった。
「あなた、勘違いしてるみたいだけど、私別
に怒ってたわけじゃないから。ちょっとイラッとしただけ」
言葉の裏を探す余裕が、ふたりにはもうない。互いの手の温度だけが、確かな約束の証明だった。
「行こうか」
「ええ、魔王を倒しに」
その瞬間、胸の奥に小さな光が灯る。恐怖や後悔の隙間からこぼれ落ちる、頼もしさのような何かだ。
残り時間:71:45:06
***
「十五分も使っちゃったじゃない! どうするの秋?」
王城の廊下を全力疾走しながら、友奈が息を切らす。
「俺が一人で行ったときは十二時間余ったから、ちょっとくらい平気。……まあ、残り一時間くらいまでにダンジョン入口に着けば勝てる」
「一時間!? それ、ホントに大丈夫なの?」
「大丈夫だって〜」
……やっぱり楽しいな。こんな、二人で走ってるだけでも。
「まずは友奈のスキルだな」
「すきる?」
「まさかそこからとは……。スキルってのはゲームで使える技とか特技とかを集めたもののこと。そして、スキルには七つの系統があって、そこからさらに三段階に分かれてるんだ。最初は《第一段階》で基礎の技を覚える。その中の一番上の技を習得すると、次の《第二段階》に進める。そこでもまた技を磨いて、最上級の技を覚えたら――《第三段階》。それが、その系統の“極み”ってわけだ」
「あぁ、あの氷をドーンってするやつね」
ドーン……だと……!?何だその可愛い表現。ずばらしい。いや、結婚する?
「そうそう。で、人によって使えるのは限られてて、氷とかはいわゆるレアモノ。基本は炎、水、補助の三つだね」
俺はあまりの可愛さの過剰摂取で顔を抑えながら言う。
「ふーん……。なんか確率論みたいね」
か、確率論?天才の言うことはよく分からん……。
そうこうしてるうちに無事、壁抜けポイントに到着。兵士を捕まえて、そのまま壁へレッツゴー。
「ええええ、秋!? なにしてんの!?」
「な、何をしてるんだ君は!?」
ふわっと体が浮く感覚――はい、デジャブ。
「よし、このままギルドまで!」
兵士に「王様によろしく」とだけ伝えて、全力ダッシュ。
屋根の上を駆けながらまだ驚いた顔をしている友奈が聞く。
「ふ〜ん、私はどんなスキルがもらえるのかしら」
そりゃあもちろん怒りの炎――そう言おうとして口を抑える。危ない危ない、グリグリを食らうところだった。
***
「嬢ちゃんは火、補助、氷の内から二つ選べるな」
ギルドのオッサンの言葉に、俺の思考が一瞬フリーズした。
……あっれー?
氷はレアモノなのに……しかも二つも!?
スキルは基本的には一人一つだと言うのに……
「秋、これって……」
友奈がどこか気まずそうにこちらを見る。
その視線に耐えかねて頭をかきながら言う。
「い、いや? 俺も昔はそうだったけど……でも、ゲームがヌルくなるから封印してただけだし?」
「そういえば“確率操作”とか“乱数調整”って……」
「やめて! 古傷えぐらないで!」
友奈は笑って、オッサンの方に向き直る。
そして、あっさりと選んだ。
「じゃあ炎と補助にします」
――やっぱ炎じゃん。
「おっと、嬢ちゃん。本当にいいのか? 氷は結構レアだぜ?」
「大丈夫ですよ」
クスッと笑いながら俺を見る。
あの夏の笑顔と同じだった。
「私の相棒がいるので、氷は足りてますから」
残り時間:71:02:56
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