人間不信の冒険者たちが世界を救うようです/富士伸太

【吟遊詩人十二楽拳】


「岩窟都市名物、吟遊詩人アイドル十二楽拳! ルールはご存知の通り、吟遊詩人アイドル戦歌バトルソングを歌い、バフを受けた十二人の詩人偏愛家ドルオタが殴り合い、もっとも愛の強い詩人偏愛家ドルオタを決定する! 愛を証明しろ、クソ野郎ども!」

 ここは岩窟都市ウェグナ。広大な洞窟を巡り、魔獣兵と戦い、宝物を漁る探索者たちが作り上げた欲望の街。

 軽戦士ニック、魔法使いティアーナ、竜戦士カラン、神官ゼム、キズナの五人パーティー【サバイバーズ】は迷宮都市テラネにおける魔神復活の騒動の後、活動拠点を岩窟都市に移して探索者として活動していた。そこにタケミというもう一人の仲間を加えて、探索者の中でも指折りの実力者として名を馳せるようになっていた。

「なに、この……なに?」

 ティアーナが呆れながら、壇上で声を張り上げる男を見つめる。

 この三角帽子のいかにも魔術師然とした少女は怜悧な印象を放っているものの、呆気に取られる様子はどこか愛嬌があった。

「なんか知らんけど、そういうことになってるらしい」

 リーダーで軽戦士のニックが渋い顔で頷いた。まだ若く、体格もさほど大きくはないが、彼を見くびる者はいない。だが彼には少しばかり悪癖があった。

 詩人偏愛家ドルオタである。

 酒場や舞台で歌って踊る吟遊詩人アイドルを愛好する人々だ。推しのライブに参加し、歌に合わせて魔色灯サイリウムを振る。古代文明の文化を発掘させた者が吟遊詩人アイドル事務所を立ち上げて活動を続け、気付けば岩窟都市ウェグナでも大きなムーブメントを起こしていた。

 だが今、本来の吟遊詩人アイドルから少し外れた何かが起きようとしていた。もっとも、吟遊詩人ぎんゆうしじんの文化からすでに大きく逸脱しているだろうと指摘する識者も多いが。

「ここで発掘される共鳴石は、歌にこもる微量な魔力を増幅させるそうです。そして共鳴石をはめ込んだ魔色灯サイリウムを装備して歌を聞くことで自身を強化できる、と……これは妙なことになりましたね」

 淡々と話す美貌の青年ゼムは、この暑苦しい会場の中では少し浮いていた。だが浮いていることなどまるで気にせずに微笑を浮かべる。

「何でもいいけど、暑苦しいゾ」

 長身の竜人族の少女カランが、周囲の詩人偏愛家ドルオタを見て呆れるように言った。

「カランだって一回吟遊詩人アイドルやってたじゃない。似合ってたわよ」

「つーか依頼受けてきて押し付けたのお前じゃねえか」

 ティアーナとニックが憎まれ口を叩く。

「だ、だって吟遊詩人アイドルのみんなが困ってタ。ライブなのになんか殴り合いが多いからやめさせてほしいっテ」

「それは同感だが……オレだって普通に歌を聞きてえのに……」

「主催側から禁止を通達すればよかったのでは?」

『いきなり禁止となると不平不満も出るのであろうな』

 ゼムの言葉に、ニックの方から反論が出た。

 だがニックの口から出た言葉ではない。彼が腰に差す、二振りの剣からであった。

『パワーだけではどうにもならない領域を示すと同時に、優勝者として吟遊詩人アイドルの事務所の意向を代弁するならば、ニックさんがうってつけですからね』

 この声の主は、キズナとタケミという聖剣だ。意思を持ち、そして特異な力を持つ剣ではあるが、それ以上に【サバイバーズ】の仲間であり共に多くの困難を打破してきた。

「曲が始まりますよ。ニックさん、気を付けて」

「趣味と仕事を混ぜるのは好きじゃねえんだが……迷惑な連中をブチのめすのは悪くねえな」

 魔術楽器によるイントロが始まる。

 通常の弦楽器や打楽器では慣らすことのできない不可思議な音と激しいリズムの組み合わせは岩窟都市であっという間に流行り出した。だが純粋な音楽としてではなく、武器として利用する者が現れ始めて流れが変わった。純粋な詩人偏愛家ドルオタが押しやられて武器を目当てにライブに来るようになった。

「うおおお……力がみなぎってきた……はがっ」

「俺の魔色灯サイリウムの五刀流の威力を……ぐふっ」

魔色灯サイリウムも抜かねえで戦ってやがるのか!?」

 だが、歌の力を受け取った探索者たちは次々に殴られ、意識を飛ばされていく。

 ニックの高速の動きに、誰も即応できなかった。

「いいから歌を聞け!」

 魔力を強さに変換していれば、魔色灯サイリウムの輝きがその身に宿る。

 だが輝きを放っていない、つまり一切の強さを受け取っていない青年の攻撃に、参加者たちはなすすべなく倒れていった。



 歌を強さに変換したところで本物の強者には敵わないと思わせ、ライブを純粋なファンのための催しに戻す……というイメージを植え付けるための戦略は半分成功し、半分失敗した。歌のリズムに合わせて流麗な動きで圧倒するニックの姿に探索者たちが惚れ込み、「もっと純粋な気持ちで吟遊詩人アイドルを推せば強くなれるのではないか」というあらぬ誤解を読んでしまった。

「……弟子入り志願が増えた。詩人偏愛家ドルオタと格闘、どっちも教えろって連中に絡まれてる。ライブに行くと騒ぎになるから、ほとぼりが冷めるまで顔も出せねえ」

 ギルドで深々とニックが溜め息を吐き、カランとティアーナが笑う。

「乱暴なファンも減って盛り上がってるからいいことだゾ」

「そうそう、明るい兆しなんじゃないの」

「気楽にいいやがって」

 ニックの憎まれ口に、皆が笑った。

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