魔導具師ダリヤはうつむかない ~今日から自由な職人ライフ~/甘岸久弥

【ミントティーと十二支】


「あたし、灰色ネズミに似ているって言われたことがあるのよね……」

 緑の塔の居間、ダリヤの向かいに座るルチアがそう言った。

 本日は互いの予定が合ったので、久しぶりに午後のお茶を共にしている。

 ミントティーの爽やかな香りが漂う中、不意に眉を寄せた友人に、何か悩み事かと心配になったところ、ネズミの話が飛び出したのが今である。

「私は似ていないと思うけど、誰に言われたの?」

 かわいくてお洒落な服が似合うルチアに、灰色ネズミが重ならない。

「初等学院の頃かな、近所の子に言われたの。別に相手にしなかったけど。昨日、服飾魔導工房の倉庫に灰色ネズミが出た話を聞いて、思い出しただけ」

 幸い、倉庫の保管箱はかじられただけで、中身の糸は無事。

 現在はネズミ捕り専門の猫が放たれているそうである。

 そこまで話すと、ルチアはミントティーを口にした。

 冷えたグラスの横、水滴がつうっと底へ線を描く。

「ねえ、ダリヤは私を動物にたとえるとしたら、何だと思う?」

 友の問いかけに、ふと、前世の十二支を思い出した。

 確か、ネズミ、牛、虎、兎、龍、蛇、馬、羊、猿、鳥、犬、猪――その中から、ルチアのイメージに一番近いものを口にする。

「兎、かしら」

「兎! それなら長毛種がいいわ」

 笑顔になったルチアだが、本人のイメージとは違ったのかもしれない。

 ダリヤは逆にたずねてみる。

「ルチアは、たとえられたい動物ってある?」

「うーん、布なら絹なんだけど、かいこはちょっと避けたいから、羊かしら。できれば純白で特級毛の魔羊まよう!」

「そうね。ルチアならその方が似合いそう……」

 友はどこまでも服飾師であった。

 魔羊まようになったら、自分の毛で服を作りそうだ。

「動物にたとえると、ヴォルフ様はかっこいい護衛犬って感じよね!」

 突然、ヴォルフの名を出され、ダリヤはクッキーに伸ばしかけていた指を止める。

「え、ええ、そうね……」

 確かに彼はかっこいいし、騎士なので護衛犬というのは合っている。

 うなずきながら、前世の愛犬を思わせる表情かおで、『駄目かな?』と尋ねるヴォルフをいきなり思い出した。何故だ。

「マルチェラさんは自分を馬にたとえていたことがあるのよね」

「マルチェラさんが、馬?」

「うん。力自慢も兼ねてたけど。運送ギルドに長くいたからじゃないかしら」

 納得したが、なんとなくマルチェラは馬より虎が似合いそうな気がする。

「ヨナス先生はそのまま龍よね。グイード様は氷蜘蛛アイススパイダーの二つ名があるし。魔物討伐部隊長のグラート様は、獅子が似合いそう!」

「確かに……」

 それなら、大盾で大猪ビッグワイルドボアの役を引き受けていたランドルフは猪。

 風魔法で矢を操り、飛行系の魔物を落とせるカークは鳥にたとえられそうだ。

 十二支だと、あとは牛、蛇と猿が出ていない。いつかそうたとえられる人に会うことがあるかもしれない――

 いつの間にか前世の記憶を辿っていたことに気づき、ダリヤは頭を切り替えることにした。

 冷蔵庫から持ってきた新しいミントティーをグラスに注いでいると、ルチアに名を呼ばれる。

「ダリヤをたとえるなら猫よね。魔導具や珍しい素材を置くと全力で駆けてきそうだもの」

「それならルチアもじゃない。かわいいお洋服とかきれいな布を置いたら飛んできそう」

 お互い否定の言葉が出ないのは自覚があるからだろう。

「飛んでくるなら、もう鳥じゃない。あ、思い出した! 服飾ギルドに南国のきれいな鳥の羽根がたくさん入荷したの。貴族向けの扇になるものは、魔導具師が付与をするんですって」

「貴族向けの扇に? どんな付与をするの?」

 そこからは服飾師と魔導具師としての会話が始まった。


 この先、どのような者との出会いがあるかは、二人共にわからない。

 ただ楽しげな声だけが、夏の部屋に響き続けていた。

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