第5話 新しい出会いはいかがですか?②
「いや……まあ、その……ちょっとした遊び心で……」
オレとしては、いたずらを見つけられた子どもの気分だったが、クレイは馬鹿にしたように鼻で笑った。
「全く、お前ときたら眼を離したとたん、このありさまか?」
「や、でもオレだけが悪いんじゃないぞ、あいつだって……って、何だその服は?」
オレはクレイの抱えている服を見て、我が目を疑った。
白やらピンクのふわふわした可愛いドレスや黒を基調としたシックなものまで何着もの服があったのだ。
「これか? むろん、お前のだ。ここにあるもの以外もサイズ直しを依頼してあるから、明日にはできる」
「おい、クレイ」
「ん、何だ?」
「お前、馬鹿だろ?」
「な、何を言う! 言っちゃなんだが、オレは見た目より学があるんだぞ」
それ、見た目が馬鹿っぽいって言ってるも同じだから。
「お前の買った服、着る気なくなったから」
「何いぃ!」
眼をむいて驚くクレイに冷たく言った。
「それとオレ、絶対にスカートはかない」
「ま、待て。それだけは考え直してくれ……」
涙目でクレイが懇願する。
「え、だって動きにくいし、恥ずかしいもん」
「リデル……スカートはな」
「……なんだよ」
「男のロマンなんだ」
クレイが真顔で断言する。
「馬鹿やろ……」
「確かに一理ありますね」
ええ~っ!
クレイを殴ろうとしたオレは、突然会話に参加されて意表をつかれた。
「お、あんたもそう思うか」
「スカートは淑女の身だしなみの基本でしょう」
にこにこしながら騎士様は爽やかに言った。
ヒュー、お前もか……見損なったぞ。
これだから、男ってヤツは…………あ、オレも男か。
「と、とにかく返してこい。そんな服」
「嫌だ、俺が買った服だ。リデルが着るまでずっと持ち運ぶ!」
駄々っ子か、お前は……。
「殿方がせっかくプレゼントして下さるのです。頂いて損になることはないでしょう?」
ヒュー、意外に現実的だな。
「そうさ、いいこと言うね。で、あんた誰?」
「これは申し遅れました。私はヒュー・ルーウィックと申す者。見ての通り、見聞を深めるために諸国を巡っております。して、貴殿は?」
「俺はクレイ、傭兵稼業をしている」
「クレイ殿?」
「クレイでいい」
「では、私もヒューで構いません」
「わかった。ところでヒュー、お昼時だが一緒に飯でもどうだ?」
「それは願ってもない申し出です。承ります」
おいおい、オレを無視して話を進めるなよ。
こいつら、意外に気が合うのかも……。
「ところで、先ほどから気になっていたのですが、お二人の関係は? 大変仲が良いようなので、もしや言い交わした仲なのかと」
ち、ちが……。
「その通りだ!」
ごすっ。
これはクレイを殴った音だ。
「違うから、絶対違うから!古い付き合いなだけ……」
「深い付き合いだよな」
ごすっ、どすっ!
クレイが殴り飛ばされる。
「そこで死んでろ」
「リデル……意見するつもりはありませんが、大の男の頭をそうぽんぽん殴るものではありませんよ」
「とにかくこいつとは、ただの友人だから。誤解しないように」
「はいはい、わかりました。そういうことにしておきます」
くすくす笑いながらヒューは頷いた。
う~っ、絶対誤解してる。
って言うか、何でオレ赤くなってんだ?
◇◆◇
とりあえず、近くの宿屋兼酒場に行って食事をとることになった。
クレイはオレの服を大事そうに抱えて、ヒューと話をしている。
オレに殴られて地面に倒れても服を決して汚さなかったのは見上げた根性だ。
「ところでヒュー、あんた、従者はいないのか? 騎士には従者が付くの普通だろう」
クレイが不思議そうに尋ねた。
「いえ、気ままな一人旅です。諸処のことを自分で行うのも修行の内ですから」
「ふ~ん。あんたぐらい有名なら、お供を何人も連れていると思ってたよ」
え、そうなの?
「ヒューって、有名人なの?」
思わず聞き直した。
「リデル、知らないのか。白銀の騎士『ルーウィック』、騎士の中の騎士。都じゃ女はその美貌に、男はその技量に惚れ込むって有名だぞ」
またしても馬鹿にした顔付きでオレを見る。
「それは買い被りですよ。尾ひれのついた噂話に過ぎません」
ヒューは恐縮して言うが、噂半分にしてもクレイまで知っているのだから凄いことだ。
う~っ、さっきの闘い、やっぱり続けたかったなぁ。
ヒューが馬の仕度をするために離れた隙に、クレイが近づき耳元で囁いた。
「いいか、お前が男から女になったことは秘密だからな」
「なんで?」
別にいいじゃん、すぐばれるし。
「変異した事を説明するには、聖石の話をする必要がある。そうでなけりゃ誰も納得しない……だが、それはマズイ」
真剣な表情でクレイが言う。
「どうして?」
いつもこうだと、かっこいいのに……と思いながら、オレは理由を確認した。
「まさか聖石の願いが一度で打ち止めだなんて、誰も思わないからな。お前が願いを叶える聖石を持っていると思われて、いらぬ面倒に巻き込まれることは間違いないぞ」
むぅっ、確かにそれは面倒だ……。
「ただでさえ、今のお前は目立つんだから、少しは大人しくしてろ」
そ、そうなのか?
「ん……わかった」
クレイの言うことに疑問を感じつつも渋々頷く。
「それと、スカートをだな……」
「やだ!」
クレイは再び涙目になった。
オレ達が向かったのは村に一軒だけある宿屋『蒼竜亭』だ。大それた名前の宿屋だが、一階は食堂兼酒場、二階は宿屋というシンプルな作りになっている。
もっとも、後で聞いた話では名所旧跡がないこの辺りに来る旅行者は少ないらしく、宿屋の方は開店休業中だったらしい。
オレ達が入ると店の主人は、驚いた顔付きで応対した。
「親父!何か適当に食べるものを頼む。それと俺にはヴォド酒を……ヒュー、あんたはどうする?」
「では私にはダラム酒をお願いします」
「お、騎士様、いける口だな」
「いえ、酒宴で見苦しいところを見せぬのも、騎士のたしなみですから」
ヴォド酒もダラム酒も強いことで有名な酒の種類だ。
「じゃ、オレもダラム酒を……」
オレが言いかけると、
「ダメだ!お前は
クレイに駄目出しされた。
「え~っ、いいじゃん。体質、変わったかもしれないし」
「お前、酔っ払うと、どこでもすぐ寝るだろう。だから駄目」
「寝て悪いか?」
オレは開き直って反論した。
「今のお前が、無防備にその辺で寝たら危険だろ。襲われたらどうする?」
「一番、危険なのはお前じゃないか」
オレは皮肉を込めて冗談を言った。
「…………」
「ちょっ……そこで黙ると洒落にならんから」
「……お茶目な冗談なのに」
クレイは洒落のわからんヤツだという顔をしたが、そんなもんわかるかい!
有りうるって思わせたお前が悪いだろ?
オレはクレイに何も言う気をなくして、ヒューに話しかけた。
「ヒュー、外に行ってヒューの馬、見てきていい?」
どうせ酒盛りには参加できないし、食事も時間かかるみたいだし……。
「構いませんよ。馬が好きなんですか?」
「うん」
「『ナヴァロン』は賢い馬なので、めったなことはしないと思いますが、優しくしてあげて下さいね」
「わかった! じゃ、行くね」
「リデル、外へ行くのか? 気をつけろよ」
二杯目に手を出しながらクレイが忠告してきた。
「酔っ払いといるよりは安全さ」
オレは捨て台詞を残して店を出た。
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