第9話「アマルガム、内なる嵐」
砂塵が舞う中東の廃墟は、新たな戦争の胎動を感じさせていた。
照りつける太陽の熱気、乾いた砂に転がる空薬莢の乾いた音が、彼らの足元でカラカラと鳴り響く。
その中心に立つのは、レナード・テスタロッサ。
彼は、漆黒のAS、ベリアルを従え、焼け落ちたモスクの残骸の前にただ静かに立っていた。
瓦礫には無数の弾痕が残り、焦げ付いた旗が風に揺れている。壊れたスピーカーからは、ただノイズだけが漏れていた。
彼の周りでは、彼を主導とする勢力と、彼に反発する旧体制派のベクトルが、激しくぶつかり合っていた。
「我々は家族を守るために戦ってきたのだ! 我々には守るべき民がいる!」
旧体制派の指揮官が叫ぶ。隣には、震える手で銃を構え、家族の写真を握りしめている若い兵士がいた。
レナードは、その声に、何も反応しなかった。
彼の表情は、完璧に無機質で、感情の温度を一切感じさせない。
彼にとって、旧体制派の主張は、ただのノイズだった。
彼は、彼らの言葉をフィルタリング型で処理し、自身の最適解を導き出すための、無駄なデータとして認識していた。
レナードの思考は、思考の暴走を始めていた。
『歴史? 歴史とは、旧来の失敗の積み重ねに過ぎない。焼け落ちたモスクの残骸、瓦礫の下で錆びた銃や、焦げついた玩具を拾い上げるようなものだ。そんなものに意味はない。』
レナードの脳裏に、幼少期のクラリスの笑顔、そしてテッサと似た、無邪気に笑う少女の記憶がよぎる。
(かつて人間だった私を知る者は、もういない。だからこそ私は人間を捨てるしかない。あの笑顔は、もう私には届かない。私だけが、この答えにたどり着いてしまった。なぜ私だけが、こんなにも完璧な未来が見えてしまうのか…。もしこの孤独を共有できる者が、一人でもいれば…)
彼の思考は、次第に肥大化し、自己犠牲という名の必然性を構築していく。
それは、誰にも理解されない、歪んだ救済の思想だった。
「レナード、我々が、貴様に協力する義理はない!」
旧体制派が、ASを展開し、レナードに銃口を向ける。
レナードは、その行動を、まるで計算されたシミュレーションのように、冷静に見つめていた。
彼の瞳には、わずかな温度も、違和感も存在しなかった。
彼は、彼らの行動が、自分の予測通りに進んでいることを知っていた。
「愚かな…。その民こそ、新秩序の犠牲になるでしょう。このままでは、貴方たちはただ滅びるだけです」
レナードの指示は、簡潔だった。
その言葉と同時に、レナードの脳裏に「救済」の二文字が浮かんだ。その瞬間、ベリアルは操作されていないにもかかわらず、彼の感情と同期するように静かに動き出す。
「ゴォォ…」と関節の駆動音を唸らせ、機体から巻き上げられた砂塵が熱風となって周囲を覆う。
「これは兵器ではない。レナード自身だ」
ベリアルの放つ攻撃は、無駄な動きが一切なく、完璧に相手を殲滅していく。
それは、レナードの持つ圧倒的なカリスマ性と、目的のためなら手段を選ばない冷徹さを体現していた。
閃光が走り、爆風が兵士たちを吹き飛ばし、血が砂に吸い込まれる。
「母さん…」
「まだ約束が…」
「まだ死にたくない…」
倒れた兵士が、最後にそう呟く。
「お前も人間だろう!」
旧体制派の指揮官が叫ぶ。しかし、レナードはただ静かに見下ろす。
「私は既に人間を超えました」
彼の返答に、指揮官は絶句する。
旧体制派は、なすすべもなく、ベリアルの前に倒れていく。
彼らの叫び声は、砂漠の風に吸い込まれ、二度と響くことはなかった。
レナードは、その光景を、ただ静かに見つめていた。
彼の表情に、勝利の喜びはなかった。
あるのは、「孤独」だけだった。
彼は、自分だけが正しいと信じ、そのために、誰にも理解されない道を進んでいた。
遠くの丘では、難民や市民が祈るように、この戦場を見守っていた。
幼い子供が、母の服を掴み、「ねぇ、ママ。あの黒い影は神様?それとも悪魔?」と尋ねる。
「救世主だ」「いや、あれは破滅の王だ」
老人や若者が、口々に異なる意見を述べ、二重解釈が群衆のざわめきとなって広がる。
戦闘が終わり、静寂が戻る。
倒れた兵士の握るペンダントが、乾いた砂の上に、わずかに光っていた。彼が握りしめていた指が、ゆっくりと力を失い、ペンダントが砂の中に沈んでいく。
赤黒い血に濡れた砂が固まり、やがて夜風に冷えていく。
その光景を、レナードの瞳が無感情に映していた。
彼の孤独と、歪んだ救済の思想が、今後の物語の大きな伏線となる感情の助走を始めた。
そしてそれは、彼が宗介と対峙する、最後の必然性となるのだった。
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