第8話「消えた輸送機、消えた希望」
南米の鬱蒼としたジャングルは、宗介にとって、故郷と呼べる場所だった。
しかし、この日のジャングルは、いつもの穏やかな温度とは違い、不気味な静寂に包まれていた。
空から降り注ぐ雨は、草木に吸い込まれ、音もなく大地を濡らす。
宗介たちミスリル特別チームの任務は、行方不明となった輸送機の捜索だった。
輸送機に乗っていたのは、物資だけのはずだった。
彼らが輸送機に近づくと、それまで響いていたジャングルの猿の鳴き声が、急に止んだ。
「宗介、レーダーに何も映らない。本当にこの先に、輸送機が墜落したのか?」
クルツの声が、不安に震えている。
宗介は、彼の声に違和感を覚えた。
クルツは、戦闘中はどんな状況でも冷静だった。
しかし、この静寂の中で、彼の心は違和感のベクトルを動かしていた。
宗介の脳内では、状況分析が暴走していた。
『この静寂は、罠だ。まるで、このジャングル全体が、獲物を待つ巨大な生物のようだ。輸送機は、その生物に飲み込まれたのかもしれない。物資は、消化液で溶かされ、乗員は、栄養として吸収された……』
宗介の思考は、次第に現実から乖離し、誇張されたイメージを構築していく。
『獣の口は、この深いジャングルだ。そして、その喉元に、俺たちは向かっている。このまま進めば、俺たちも、獣の胃袋の中で溶けてしまうだろう。』
宗介は、自分の暴走した思考を、必死に論理へと戻そうとする。
「クルツ、臆するな。この静寂は、敵の奇策だ。我々が動けないと思わせ、情報を奪おうとしている」
宗介の言葉は、完璧な論理だった。
しかし、その論理は、宗介自身の不安を隠すためのものだった。
やがて、彼らは、墜落した輸送機を発見した。
輸送機は、機体を損傷しているが、致命的なダメージは受けていなかった。
輸送機内部では、水滴が金属に落ちる音が、規則正しく響き、まるで棺の鐘のように聞こえた。
宗介は、機内に立ち入った瞬間、焦げついた油と、その奥に潜む鉄錆びのような血の匂いを感じた。
しかし、コクピットは、誰もいない。
乗員は、全員いなくなっていた。
宗介は、機内の捜索を開始する。
彼は、乗員たちの私物を発見した。
それは、家族の写真、子供の描いた絵、恋人からの手紙。
宗介は、ある乗員の私物の中に、子供の描いた絵を見つけた。
その絵には、家族らしき人物が描かれており、稚拙な文字で「パパの帰りを待ってるよ」と書かれていた。
それらの私物が、宗介の理性を揺さぶる。
(なぜだ…なぜ、物資だけが残っていて、乗員がいない…?)
宗介の心に、深い違和感が生じた。
それは、彼の軍事的な知識では説明できない、「喪失」という名の感情の助走だった。
宗介は、その場で立ち尽くし、ただただ、空っぽのコクピットを見つめていた。
一瞬、空っぽの座席に、乗員の姿が見える錯覚に襲われる。その瞬間、彼の体が震え、呼吸が乱れ、冷たい汗が頬を伝った。
(彼らはまだいる。まだ、ここに…!)
宗介の頭の中では、思考が暴走していた。
『この空っぽのコクピットは、まるで死者の棺だ。いや、違う。彼らは生きている。しかし、このジャングルという獣に飲み込まれ、もう二度と家族のもとには帰れない……』
クルツは、宗介の様子を見て、言葉を失っていた。
彼は、宗介の背中に、初めて見る「孤独」を感じ取った。
それは、戦場ではありえない、人間的なベクトルだった。
クルツは、何も言わずに、宗介の肩に手を置きながら、心の中で呟いた。「こんな宗介を見たことがない…」
宗介は、その温かさに、現実へと引き戻される。
彼の心は、悲しみと怒り、そして無力感で満たされていた。
この任務は、失敗と判断された。
しかし、宗介の心には、この「喪失」の痛みが深く刻み込まれた。
それは、宗介の「一人でも多くの命を救う」という信念を、より強固なものへと昇華させる必然性となった。
そして、この任務の失敗が、宗介の過度な使命感をさらに増大させる感情の助走となり、やがて、宗介を破滅へと追い込む予兆となる。
この時の喪失感が、後に彼を突き動かし、そして縛り付ける鎖となった。
その足音は、やがて宗介自身の破滅へと続く道標となっていた。
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