第2話「陣代高校、爆弾騒ぎの裏側」

宗介が不在の陣代高校は、どこか気の抜けた空気に満ちていた。

教室のざわめき、廊下を走る生徒たちの賑やかな足音、体育館から聞こえるバスケットボールのドリブル音。

それらすべてが、日常の穏やかな温度を伝えてくる。

しかし、その穏やかさは、要の心に、言いようのない違和感をもたらしていた。


「あーあ、相良がいないと平和すぎてつまんないね」


クルツの、軽薄でわざとらしい声が教室に響く。

要は、その言葉に思わず頬をひきつらせた。

彼は宗介の不在をまるで休暇のように楽しんでいるようだったが、要の心はフィルタリング型の感情処理を繰り返していた。

(つまらない?違う。不安だ。宗介がいない日常は、いつでも崩れるんじゃないかっていう、そういう不安だ。)


彼女の思考は、宗介がいないという事実から、ありとあらゆる危険を連想し始める。

「宗介は今、どんな任務に?」「危険な目に遭っていないか?」「もし彼が帰ってこなかったら、私はどうなる?」

これらの思考が、彼女の冷静な判断力を少しずつ削り取っていく。

その助走が、爆弾騒ぎという、予期せぬ事態を引き起こす。


その日、校内放送で「爆破予告」の知らせが流れた。

スピーカーから流れてきたのは、異様に震えた、掠れた声だった。

その瞬間、教室のざわめきが止まり、まるで時が止まったかのようだった。

しかし、すぐに生徒たちは騒ぎ出した。

「マジかよ!」

「先生に言わなきゃ!」

中には、面白がってスマホを取り出し、校舎の隅々を撮影しようとする無責任な者までいた。

宗介がいたならば、彼はすぐにその場でテロリストを特定し、無力化していただろう。

要の脳裏に、宗介の冷静で的確な指示がフラッシュバックする。


(「周囲の状況を冷静に分析しろ、千鳥!」)

「うるさいっ!」

思わず叫んでしまったが、その声は誰にも届かない。

頭の中で、宗介の声が勝手に再生され、彼女の思考を侵食していく。

(「この状況下での最適な行動は…」)

「わかってる!でも、私は宗介じゃないのよ!」

彼女の心に、自己否定の感情が芽生える。宗介に頼りきりだった自分に対する葛藤から生まれたものだった。


そんな彼女を支えたのは、クルツやマオ、そして他の友人たちだった。

要の手には、じんわりと汗が滲んでいた。心臓は、警報のサイレンのようにドクドクと不規則に脈打ち、膝は微かに震えている。

クルツは、いつも通りの軽口を叩きながらも、その視線は真剣に周囲を警戒していた。

マオは、彼女の背中を静かに見守り、指示を待っていた。

要は、一人ではないことに気づき、安堵を覚える。


彼女たちの奮闘によって、爆弾はダミーであることが判明した。

要は、爆弾の入ったカバンを開ける直前、ごくりと息を呑んだ。指先が、冷たくなるのを感じる。

その中身を見た瞬間、安堵と脱力感で息を吐いた。

導線はどこにも繋がっていなかった。

時限装置は、まるで嘲笑うかのように、カチカチと音を立てるただの安物の目覚まし時計だった。

事件は解決した。

しかし、その報告を受けた宗介の心は、安堵と共に、複雑なベクトルで揺れ動いていた。


宗介は、要たちの奮闘を「成長」として評価した。

しかし、同時に「自分が不在だったために、彼女たちを危険に晒してしまった」という罪悪感に苛まれていた。

彼の脳内では、報告書の文字が鮮明な映像として再生される。

「要は、勇敢に行動し、クラスメートを避難させた」という文字を読むたびに、要が必死に指示を出す姿がフラッシュバックする。

「爆弾はダミーと判明」という文字は、彼女が安堵の表情で崩れ落ちる姿として映像化された。

そして、その映像に重ねて、もしも自分がいたら、彼女は笑顔のままでいられたはずなのに、という仮定思考が入り込む。

「俺の不在が、彼女の笑顔を奪った…」

この後悔の念が、彼の心に摩擦熱を生み出し、「完璧な護衛」という使命感をより強固なものへと助走させていく。


彼は報告書を閉じた後、静かに椅子に座り、目を閉じた。

要たちの勇敢な姿を想像するたびに、彼の心は温かい温度に満たされる。

しかし、その温かさの裏には、もう二度と彼女を一人にしないという、冷徹なまでの決意が秘められていた。

そしてそれは、彼が今後、要に対して「過保護」になる、より強固な感情の助走となった。

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