冒頭の「——冷たい。」という簡潔な一行から、物語は読者を唐突に異世界へと連れ去る。目覚めた主人公が、裸のまま見知らぬ宿の一室で、しかもダークエルフの美女と同衾しているという大胆な導入。その不条理さは笑いを誘うが、同時に冷気や肌の感触を細かく描写することで、現実味のある緊張感を保っている。
特筆すべきは、主人公の思考の描き方だ。「俺の頭の中の放送倫理委員会」など、比喩的かつ軽妙な語りが随所に挿入され、シリアスとコミカルの狭間で読者を揺さぶる。窓を開けた瞬間に広がる街並みの描写も鮮やかで、二つの月が浮かぶ空、雑多な人種の行き交う石畳の通りといったイメージが瞬時に立ち上がる。視覚的情報の積み重ねが、異世界の存在感を強固にする。
また、ダークエルフの女性が目覚める場面は圧巻だ。磨かれた青銅を思わせる褐色の肌や、朝日を受けて光る銀髪の描写には、戦士としての気高さと女性的な美の両方が刻まれている。ここに至って、単なる艶笑的なシチュエーションを超えた“存在の説得力”が生まれる。
記憶喪失という王道の設定ながら、文章のテンポと細部のユーモアが、既視感を払拭している。軽やかに読み進められる一方で、次にどんな真実や過去が明らかになるのか、読者の好奇心を確実に刺激する作品である。