第1話 君からの手紙に誘われ

僕が死んだはずの友人——綿貫晴わたぬきはるからの手紙を受け取ったのは、彼女が死んでから二週間ほど経った、3月中旬頃のことだった。

手紙に刻まれた文字は、よく見知った晴のもので、僕はこれが悪戯な何かではなく、晴が本当に僕宛に残したものなのだと、理解した。

だから僕は、その手紙の指示通り、喫茶ノースポールへと向かうことにした。

喫茶ノースポールとは、晴のいとこの男性が店長をしている喫茶店で、僕と晴はよく、そこへ通っていた。だからこそ晴は、その場所を指定したのだろう。

僕は久しぶりに、外へと出た。晴からの手紙の通り、晴が死んでから学校にも行かず引きこもっていたから、外界の眩しさにくらりと目眩がする。

温暖化やらなんやらで気候がめちゃくちゃになった今でも、3月にもなれば、なんとなく春の気配が漂うものなんだな、と、僕はそんなことをぼんやりと思いながら、喫茶ノースポールへと向かった。

しばらく歩いて、ようやく、目的地へと辿り着く。レトロ喫茶と呼ばれるような喫茶店が好きだった晴がいたく気に入っていた、昔っぽい外観の重いドアを引くと、カラン、とドアにかけられたベルが鳴った。

「いらっしゃいませ……ってああ、彩生いろはか」

ベルの音に反応して、カウンターの中にいる男性が、お客様向けの対応をしながらこちらを見る。が、しかし、入店してきたのが僕だと分かるや否や、いつもの席空いてるぞ、と雑な対応で出迎えてくれた。

僕はその言葉を聞いて、いつもの席に向かう。一番右端のカウンター席。そこが僕の定位置だった。ちなみに、僕の左隣が晴の定位位置だ。もっとも、もう、そこに晴が座ることはないのだが。

左隣に晴がいないことに違和感を覚えながらも、僕は席についた。そのタイミングで、男性が再び声をかけてくる。

少し長めの黒髪を一つ結びにしている、中性的な容姿の男性だ。名前を、日下部冬樹くさかべふゆきさん、という。この人が、晴のいとこであり、この喫茶店の店長を務める男性である。晴も僕もこの喫茶店の常連みたいなものなので、対応も自然と、若干ぞんざいなものとなっている。

「注文はいつものでいいか?」

「あ、はい、大丈夫です」

僕のその返事を聞くと、冬樹さんは、はいよ、とカフェにはあまりふさわしくない砕けた返事をして、店の奥へと引っ込んだ。

穏やかな静寂と、コーヒーの香りが心地いい。晴ほどこういう喫茶店が好きだというわけではないが、それでもこの空間は、居心地がよくて好きだな、と、そう思った。

晴が隣にいてくれたなら、もっと良かったけれど。

「お待たせ。いつもの、ノースポールオリジナルブレンドだ」

しばらくして、店の奥から出てきた冬樹さんが、僕の目の前にコーヒーカップを置いた。ほかほかと温かな湯気が立っている、なんの変哲もないコーヒーだ。そのコーヒーを一口飲んで、僕は息をついた。そのタイミングで、冬樹さんが僕に声をかけてくる。

「晴からの手紙、読んだんだな」

「……はい」

僕はこくりと頷いて、そう言った。当たり前だ。あの手紙がなければ僕は、ここを訪れることなんてなかっただろうから。

「あの手紙、冬樹さんが送ったんでしょ。というか、多分、晴からあの手紙について、何か頼まれているんですよね?」

「……察しがいいな」

「晴のことですからね、なんだって分かりますよ。こういう時に晴が頼れるのは、きっと冬樹さんしかいないでしょうから」

「ま、そこまで分かってるなら話は早いよ。俺は晴から、自分が死んだら、お前に手紙を送ってほしい、お前がここに来たら手紙を渡してほしいって、そう、頼まれてたんだ」

そう言いながら冬樹さんは、僕の目の前に一通の手紙を置いた。先日僕の家に送られてきたものと同じデザインの、シンプルな白い封筒だ。

「晴からの手紙、俺はあんまり内容のことは知らないけどさ。なんか、課題に沿って絵を描いてほしい、みたいなことを書いてたんだろ?」

「まあ、はい。そうですね」

「晴は、その手紙の中に、お前に描いてほしい絵のことを、課題のことについて書いたって言ってた。まずは一通目だ。まだ何通か預かっているから、その課題とやらが終わったら、また受け取りに来てくれ」

「……はあ……分かりました」

なんだか晴も面倒なことをするなあ、と思ったが、これが晴のお願いだというのなら、断ることなんてできなかった。

僕は淡々と、冬樹さんに返事をする。冬樹さんはその返事に軽く頷くと、別のお客さんの対応のためにその場を離れた。

僕は晴からの手紙だと渡されたそれを、コーヒーを飲みながら、ぼんやりと眺めていた。

とりあえず、家でゆっくりと読むとしようか。僕は急ぎ気味にコーヒーを飲み干すと、喫茶ノースポールを後にした。



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