妖怪フトール

 ある日、ぼくは気付いた。洋服がみんな小さくなっている! あのジーンズも、このお気に入りのジャケットも、ジッパーが上がらない、ボタンが閉じられない、いったい何が起こっていると言うんだ!

 ぼくはこの怪異について、いつもビデオ通話アプリでお喋りしているかおりさんに話した。

「かおりさん! 大変なことが判明したよ!」

「ゆたかさん、どうしたの?」

「服が全部小さくなっているんだ!」

「まあ大変! 新しいお洋服を買わなきゃ。お金が必要なのね?」

「いや、そう言うことじゃなくて……」

「じゃあ何が大変なの?」

「試しにさ、かおりさんも確かめてくれない? お気に入りのホワイトジーンズを履いてみてよ?」

「いいわよ。ちょっと待ってて」

 かおりさんはカメラとマイクをオフにしました。ぼくは彼女が戻ってくるのをじっと待ちました。

 数分でかおりさんは戻ってきました。その顔には驚愕の表情が浮かんでいました。

「ゆたかさん! 大変なことが判明したわ!」

「どうしたんだい、かおりさん?」

「ホワイトジーンズが小さくなっている!」

「やっぱりなあ……かおりさんの家でもそうなんだ……」

「いったい何が起こっているの? ゆたかさん!」

 混乱しているかおりさんに、ぼくはゆっくりと言った。

「これはきっと妖怪の仕業だよ……」

「妖怪?」

「そう、妖怪フトールの……」

「フトール……」

「ぼくには心当たりがあるんだ。買い物のとき、スイーツ売り場や、お菓子売り場を通るとき、耳元で声がするんだ。このシュークリーム美味しいよとか、このポテトチップス美味しいよとか」

「まあ! わたしも同じだわ!」

「それだよ! それがフトールの声なんだよ!」

「二人は妖怪に憑りつかれてしまったのね……」

「どうしよう? かおりさん……」

「どうしよう? ゆたかさん……」

 ぼくはしばらく考えた。そして決断した。

「二人でダイエットしよう!」

「ダイエット……」

「そう、ダイエット。ぼくは明日からお昼ご飯のおにぎりを二つにするよ。夜寝る前のパンも食べない」

「わたしも毎日一袋のおせんべいを食べるの止めるわ」

 ぼくとかおりさんは誓い合って、その日の会話は終わった。そして、翌日の夜。

「かおりさん……お昼におにぎり三つ食べちゃった」

「まあ!」

「昨日あのあと寝る前にパンも食べちゃった……」

「ゆたかさんもそうなのね?」

「じゃあかおりさんも?」

「妖怪フトールの力はわたし達の想像をはるかに超えているわ……」

「どうしよう? かおりさん……」

「どうすることもできないわ。わたし達にはただ、肥ってゆくことしかできないのよ……」


 おわり

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