第10話 初めてのケンカ

 真神リラが自分の部屋の間取りをいじってから数日後。

 二人の間には、いつもの穏やかな空気が流れていた。夕食を終え、食後のコーヒーを飲みながら、日暮ミナはふと、高校時代のアルバムを手に取った。


「見て、リラちゃん。これ、高校の運動会だよ」


 ミナはそう言って、アルバムをリラに見せた。そこに写っていたのは、運動部員として輝くミナと、その後ろで、少し緊張した面持ちでミナを見つめているリラだった。


「うわぁ……懐かしいなぁ」


 リラはそう言って、自分の姿を指さした。


「この頃のリラちゃん、本当に可愛かったね」


 ミナがそう言うと、リラは顔を赤くして、ミナの胸を叩いた。


「もう! ミナのばか!」


 二人はアルバムを見ながら、昔話に花を咲かせた。しかし、その話題は、ある一点で食い違ってしまう。


「そういえば、あの頃、ミナに手紙を渡そうとしてたんだよね」


「え? 手紙?」


 ミナはそう言って、首をかしげた。


「そうだよ! 運動会の後、ミナに渡そうとしてたの!」


 リラはそう言って、ミナの顔をじっと見つめた。しかし、ミナはまったく心当たりがないようだ。


「うーん、ごめん。まったく覚えてないや」


 その言葉に、リラの顔から、みるみるうちに笑顔が消えていった。


「覚えてないって……嘘でしょ?」


「本当にごめん。もしかしたら、他の後輩の子と勘違いしてるのかも」


 ミナはそう言って、リラに謝った。しかし、リラの表情は、さらに硬くなっていった。


「そう……ミナにとっては、あたしなんて、大勢いる後輩の一人でしかなかったんだね」


「違うよ、リラちゃん! そんなことない!」


 ミナは慌ててリラの手を握った。しかし、リラはミナの手を振り払った。


「いいよ、もう。ミナは、あたしのことなんて、なんとも思ってなかったんだね……」


 リラはそう言って、自分の部屋へと駆け込んでいった。


「リラちゃん! 待って!」


 ミナはそう叫んだが、扉は閉まってしまった。


 初めてのケンカだった。


 ミナは閉まった扉の前で、呆然と立ち尽くしていた。まさか、昔話がこんなにも大きなケンカに発展するなんて、思ってもみなかった。


「どうしよう……」


 ミナはそう呟き、床に座り込んだ。


 その夜、二人は一度も顔を合わせなかった。リラの部屋からは、すすり泣く声が聞こえてくる。ミナは、リラの泣き声を聞きながら、どうすればいいのか、わからずにいた。


 翌朝、ミナは早めに起きて、朝食の準備を始めた。リラのお気に入りの肉じゃがだ。いつものように「おいしい……」と笑ってくれることを願いながら。


 朝食の準備ができたところで、ミナはリラの部屋の扉をノックした。


「リラちゃん、朝ごはんできたよ」


 しかし、返事はない。ミナは意を決して、扉を開けた。


 そこには、布団に顔をうずめて、泣き腫らした目でミナを見つめるリラの姿があった。


「リラちゃん……」


「……ごめんね、ミナ」


 リラはそう言って、ポツリとつぶやいた。


「どうして、リラちゃんが謝るの? 謝るのは、私の方だよ」


 ミナはそう言って、リラを優しく抱きしめた。


「だって、あたし、ミナのこと、すごく大好きだから……。だから、ミナに忘れられてたことが、すごく悲しかったんだもん……」


 リラはそう言って、ミナの胸元で泣きじゃくった。


「ごめんね、リラちゃん。本当にごめん。私は、リラちゃんのこと、大好きだよ。これからも、ずっと一緒だよ」


 ミナはそう言って、リラの頭を優しく撫でた。


「うぅ……本当?」


「本当だよ」


 ミナはそう言って、リラの額にキスを落とした。


 その日、二人の六畳一間には、初めてのケンカと、それを乗り越えた、より一層強い絆が生まれていた。

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真神リラと日暮ミナの6帖一間生活 ~悪の組織の女幹部と下っ端戦闘員が同棲したら~ 猫森ぽろん @blackcatkuroneko

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