#44「狂愛の伯爵、真実を語る」

ノクトは、背筋を伸ばし、まるで舞台の幕が開くように声を張った。


「まずは――ロガン様のことからお話ししましょう」


目を細め、指先で宙をなぞる。


「わたしがこの街に足を踏み入れたのは、一年前のこと。

……古の魔族の祭壇が、この地に隠されていると気付いたからです」


その言葉に、チャピが小さく眉をひそめ、バルドは無言のまま目を細める。


ノクトは愉悦に浸るように唇を吊り上げ、続けた。


「そこで……出会ったのですよ。ロガン様と」


一拍置き、声を低く響かせる。


「彼の胸の奥には、抑えきれぬ野心――いや、大きな悪心が燃えていました。

わたしはすぐに理解しました。ああ、この男の欲望なら……わたしの舞台に相応しい、と」


ノクトは両腕を広げ、演劇の役者のように天を仰いだ。


「わたしの目的はただ達成することではない!鮮烈で!鮮やかで!!誰もが息を呑むほど――ドラマチックでなければならないのです!!」


狂気じみた笑みを浮かべながら、彼は続ける。


「だからこそ、ロガン様と契約し力を与えました。その代価として――祭壇の解放と、その利用を約束させたのです」


ノクトの目が、ねっとりと細められる。


「しかし……!」


空気が張り詰め、石壁さえ震えるような声が響いた。


「ロガン様は――最もつまらない方法で片づけようとした!!」


拳を振り下ろし、ノクトは絶叫する。


「リーナ嬢の父を――ただ暗殺することで!」


その言葉に、バルドの顔が歪み、チャピが思わず息を呑んだ。

俺の胸の奥にも、重い衝撃が走る。


「……うそ……」


小さな声が背後から漏れる。


振り返れば、リーナが青ざめた顔で立ち尽くしていた。


「お父さんが……暗殺された……?」


膝が力を失い、ガクリとその場に座り込む。


「リーナ!」


バルドが慌てて駆け寄り、その肩を抱きとめる。

リーナは震える身体を支えられながら、虚ろな瞳でただ地面を見つめていた。


だがノクトは、まるで舞台の観客など意に介さぬ役者のように、淡々と、しかし高揚を孕んだ声で語り続ける。


「私はロガン様に伝えました――リーナ嬢の父を殺したところで封印は解けぬ、と。そして一年後、必ず祭壇を解放すると約束をしたのです」


ノクトの目が狂気の輝きを宿す。


「その後もロガン様は……裏で人身売買。違法薬物の流通。様々な悪行を、誰にも気付かれぬよう積み重ねてきました。そう、力を蓄えるために――徹底して」


ノクトは細い指を立て、唇を吊り上げる。


「ファミリーの仲間に裏の顔を知られぬよう……細心の注意を払って、ね」


その言葉に、バルドの表情が歪んだ。

怒りの色が瞳に宿り、ぎり、と奥歯を噛み締める音が響いた。


「――そして一年後。ついに封印の鍵がリーナ嬢であることを突き止め、ロガン様は動き出しました!」

「街の頂点に立つため、邪魔な勢力を次々と排除しにかかったのです。普段の彼しか知らぬ者たちからすれば、それはまるで――何かに取り憑かれたかのように映ったことでしょう!」


ノクトは笑みを深め、手を胸に当てた。


「しかし! それこそがロガン様の本性なのです!!」


バルドの腕の中でリーナが小さく震える。


「そして肝心のリーナ嬢に対しても……ロガン様は部下を送りました。どんな手段を用いても構わない。あの土地と女を――必ず手に入れろと命じて!」


「ああ! しかし……なんということでしょう!」


両手を広げ、嘆くように天を仰ぐ。


「普段のロガン様しか知らなかった部下たちは……何を思ったか、正当な手続きを踏もうとしたのです!」


まるで観客に笑いを誘うかのように、肩をすくめるノクト。


「土地の権利書、そんなくだらぬ紙切れに頼ろうとした!」


ノクトはかすかに嗤い、血走った目を俺へと向けてくる。


「そこに運命のいたずらか、はたまた必然か……清掃員殿がその場に現れたのですよ…」

「結果はご存じの通り……部下は失敗し、逃げ帰ってきました」


ノクトは一拍置き、わざとらしく肩を落とす。

だが次の瞬間には口元を歪め、笑みを浮かべる。


「だがしかし……! 今のロガン様に知られれば、部下の命はない……。けれど命をただ奪う――そんなものは物語において、もっともつまらぬ結末!!」

「そこで私は考えました!物語を――ドラマチックに彩る方法を!!」


ノクトの目が、熱に浮かされたように輝く。


「清掃員殿に会いに行き……我がファミリーへ勧誘する。そして、その目の前で……部下を魔法のように消して見せる!!」


唇を吊り上げ、陶酔したように首を仰ぐ。


「ああ……あの演出は、実に良かった……!あの時の清掃員殿の目……驚愕と恐怖と混じり合った、あの光……思い出すだけで……たまらない!!」


ノクトの肩が震え、その顔に恍惚の表情が浮かんだ。


「しかし――唯一の誤算がありました」


目を細め、俺をじっと射抜く。


「それは……私が、清掃員殿に心を盗まれてしまったこと……!」


俺を見つめる瞳に、妙に色っぽい熱が宿る。


「ひッ!」


思わず声が漏れた。あれはマジで狂ってるやつの目だ…。

だがノクトは、その反応にさえ笑みを浮かべ、独白を続けた。


「その後、部下にはこの国を出るように促し。そして私はロガン様のもとへ――分かれを告げるために向かったのです」


ノクトは片手を胸に当て、芝居がかった動作で首を垂れる。


「新たな主の候補が現れた。ゆえに契約を破棄すると伝えると……ああ!」


目を伏せ、声を張り上げる。


「人間とは! かくも!! 愚かなのか……!!私を排除しようと、大勢の人間を差し向けてきたのです!!」


ノクトは両手を広げ、舞台役者のように大仰に叫ぶ。


「もちろん……伯爵の位を頂くこの私が、人間に遅れを取るはずがない!」


陶酔した笑みを浮かべ、指先を振り下ろす。


「返り討ちにし、ロガン様を……少々…ボコボコにして、そして――吊るすことにしました。ええ、舞台の演出として!!」


ノクトが楽しげに嗤う。


「そこから先は……ご存じの通りです。祭壇の封印をめぐり母娘がさらわれ――私とあなたは争い、そして……」


……なぜだか潤んだ瞳が、俺を射抜く。

……

………

いっこうにノクトは俺から目を離さない。


「……こう思ったのです……清掃員殿。わたしは……あなたの奴隷になりたいと……!」


その言葉を聞いた瞬間……俺はもうダメだった…。

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