#18「なんでついてくんだよ… 修道女と北へ逃避行」

修道女の祈りは澄んでいて、村の空気まで浄化されるようだった。

だからこそ俺は決めた。――この村に長居はできない。

関われば面倒ごとに巻き込まれる。


部屋に戻り荷袋を背負い、裏口から外に出て歩き出す。

見つからずに村を出れば――もう関わらずに済む。


――そのとき。


「……あの!」


背後から声がした。

振り返れば、修道女が息を弾ませて立っていた。


(……げっ。なんでここに……!)


「宿にいらっしゃらなかったので……!探しました」

「……なんだ」

「わたしも、北へ行きたいんです!」

「……北?」

「はい! それで……あなたはどちらへ?」

「……さあな」

「えっ、決めてないんですか? すごい!……自由な旅ですね!」

「……自由っていうか、行き当たりばったりだ」

「ふふ、それならきっと長い道になるんでしょうね」


俺は答えず、歩き出す。

修道女は一歩遅れて――いや、むしろ楽しげに、まるで散歩でもするかのように付いてきた。


(……はぁ。言っても無駄か)


結局、追い払うのは諦めて、歩調を少しだけ緩める。


「……ついてくるなら、俺の後ろを歩け」

「はーい!ちょっと後ろからついていきますね!」


村を背にした道は湿った土の匂いが強く、まだ朝露が光っていた。

俺と彼女の靴音だけが、静かな街道に響く。


昼を過ぎ、陽が傾きはじめると、周囲は森へと変わっていった。

湿った空気。木々のざわめき。人影はなく、鳥の鳴き声すら遠い。


(……やっぱり人通りが減るな)


その時だった。


「よう、いい時間だな」


前方の茂みが揺れ、粗末な革鎧に刃こぼれした剣を持った連中が道を塞ぐ。

背後の木陰からも数人が現れ、退路は潰された。


「村から出てくのを見てたぜ。兄ちゃんに嬢ちゃん。財布と荷物を置いてけ」

「それで命は助けてやる」


(……最悪だ。よりによって女連れの時に限って……!)


修道女が一歩、前に出ようとした。


「ダメですよ! 人のお財布や荷物を取ったら――悪い子ですよ!」


おいおい、何言い出してんだこいつ――。

俺は慌てて腕を伸ばし、彼女の肩をぐっと掴んで背に引き戻した。


「アホか。正義感出してどうすんだ。説教するくらいなら隠れてろ」


修道女は小さく息を呑み、けれど真剣な瞳だけは俺の背中越しに山賊を睨んでいた。

必死なのは分かるが、その様子は小動物が毛を逆立てて威嚇しているようだ。


俺の手は汗ばみ、心臓は嫌な音を立てていた。

背中に伝わる小さな震えが、逃げ腰の足を無理やり踏みとどまらせる。


「……クソ、どうすりゃいいんだよ……!」


その瞬間。

ルミナスの毛先がじわりと金色の光を帯び、森の空気がやわらかく震えた。

それは熱を持ちながら、燃え上がることはない。清らかな力となって周囲を包んでいく。


「な、なんだ……体が……!」

「足に……力が入らない……!」


山賊どもは次々と膝をつき、剣を落とした。

光は荒れ狂わず、静かに彼らを押し伏せていく。

まるで、この場にある悪意そのものを拒むかのように。


俺は奥歯を噛みしめ、歪んだ顔でその光景を見ていた。

恐怖に駆られた俺を救ったのは――俺じゃない。

またしても、この勝手気ままなモップだった。


(……助かったよ。ありがとな、ルミナス)


胸の内でそうつぶやいた瞬間、毛先がかすかにきらめいた。

ほんの一瞬、光が脈打つように応じてきたのだ。


俺は鼻を鳴らし、わざとらしく視線をそらす。


「……ったく、勝手にやってんじゃないぞ」


だが、握る手のひらはルミナスをしっかりと握ったままだった。


「……浄化の光……」


修道女が背後で、震える声をもらす。


やがて光が収まり、山賊たちは地に伏したまま動けなくなった。

森には鳥の鳴き声が戻り、ただ湿った風が吹き抜けていく。


修道女は俺を真っ直ぐに見つめ、胸の前で光輪十字を切る。


「……やっぱり。あなたは導かれているんです」

「勝手に決めるな。俺は巻き込まれてるだけだ」


吐き捨てるように言っても、その瞳は揺らがなかった。


少しの沈黙の後、彼女は深く息を整えた。


「……お願いがあります」

「……はあ?」

「わたしを、城塞都市ヴァルディアまで連れて行ってください」


唐突な言葉に、俺は眉をひそめる。


「……ヴァルディア? なんだそれは」

「大きな城壁に守られた都市です。……わたしは、そこへ向かわなくてはならないんです」


「……知らん。俺はただ北を目指してるだけだ」

「だからです。北へ行くなら、道は同じはずです」


彼女は古びた聖書を抱きしめ、潤んだ瞳で俺を見つめた。


「……あなたじゃなきゃ駄目なんです」


その真っ直ぐな声に、思わず視線を逸らす。


「……俺はただの清掃員だ」


突き放したつもりの言葉も、彼女の瞳には一片の揺らぎすら映らなかった。


(……面倒ごとを抱え込みたくないのに。どうして俺なんだ)

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