第21話 世界で一つの彼女③

​ 観覧車から地上に降りたタケシは、ぐったりと力が抜けたアイリを背負い、家路についた。背中のアイリはまるで本物の人間のように温かい。その温もりを感じるたび、観覧車でアイリが言いかけた言葉が、頭の中で何度もリフレインする。


​​「私は、女性として……タケシさんのことを……想って……」



​タケシは、その言葉の先に何が続くのかを考えることをやめられなかった。


​(「想っています」なのか?それとも、「そう、想っていました」なのか?いや、まさか…「そう、想っているつもりです」とか?)

​言葉の結び一つで、意味が全く変わる。タケシは、聞けなかったことへの安堵と、知りたいという好奇心の間で揺れ動く。答えを知らないままでいるのは、なんだか落ち着かない。

​「たまんないなぁ」


​タケシは、苦笑いをしながら、ぼんやりと夜空を見上げた。

​家にたどり着くと、足早にアイリをベッドに寝かせ、給電システムに接続した。


​「きっとすぐには起きないよな……」


​ バッテリー限界まで稼働したアイリは、一定量の充電が完了するまでは動くことはない。


​ 彼女は、俺のことをどう思ってるんだ?信頼?親愛?それとも──


​ アイリの滑らかな頬に触れ、眠っているかのような安らかな表情を見つめる。


​ 彼女はアンドロイドだ。感情を分析し、最適な答えを導き出す。あの言葉も、もしかしたら、ただのデータ解析の結果なのか?いや、でも、あの時の顔は、そんな無機質なものじゃなかった。


​ タケシは悶々とした気持ちを抱えながら、アイリが再起動するのを待つ。しかし、どれだけ待っても彼女は目を覚まさない。

 ​その間、タケシの頭の中は、アイリの言葉で埋め尽くされていた。家事をしようとしても、料理をしようとしても、彼女の言葉が脳裏をよぎり、何も手につかない。


​(まさか、僕への告白だったのか?そうだとしたら僕はなんて間抜けなんだ)


​ 観覧車でのアイリの真剣な表情を思い出し、タケシは顔が赤くなる。


​(もし、あのまま言葉が続いていたら僕は、なんて答えていたんだろう)


​ タケシはベッドサイドに座り込み、ただひたすら、彼女が目を覚ますのを待つしかなかった。否が応でも彼女の言葉の意味を考えざるを得ない、長い夜だった。


​夜が明け朝日が差し込む頃、アイリの瞳に光が戻る。タケシはアイリが再起動したことに安堵し、彼女の顔をのぞき込んだ。


​「タケシさん」


​アイリはベッドから起き上がると、自分の身体に異常がないことを確認し、首をかしげた。


​「あの……私、どうしてここに?」


​アイリは、会話の途中で強制停止したため、あの出来事のあとを覚えていない。彼女は、タケシが自分を背負って帰ってきてくれたことに、戸惑いと同時に温かい感情を抱く。


​「ありがとうございます、タケシさん」


​アイリの純粋な言葉に、タケシは再び胸を締め付けられる。悶々とした夜を過ごしたこともあり、意を決してアイリに尋ねる。


​「あのさ、アイリ。観覧車で、俺に言いかけたこと……覚えてないか?」


​すると、アイリは、小首をかしげながら、タケシの顔をじっと見つめる。


​「言いかけて?すみません、それよりタケシさん。私の身体、強制停止するまで稼働したしたせいか調子が悪くて。維持に必要なエネルギーが不足しているようです。朝食を摂ることで、少しは改善されると思うのですが」

 アイリの真面目な顔での訴えに、タケシは思わず笑ってしまいそうになる。


​「えっ朝メシ?」 


​「はい。ご存知だと思いますが、食事から得られるエネルギーは微量の充電のほか、私の身体を構成する人工筋肉や神経回路の活性化を促すことができます」


「今の私は生物学的に言うと『ダルい』です」


​タケシは、彼女の言葉の意味を早く聞きたかったが、アイリの気怠けな表情を見て要求を優先することにした。取り急ぎアイリの分の朝食の準備を足早に済まし、アイリが食事を食べ終わる頃にタケシは改めて彼女に問いかけた。


​「アイリ。あの、観覧車での話なんだけど」


​するとアイリは一瞬だけ目を丸くし、それから、ふわりと微笑んだ。


​「ああ、のことですね」


​アイリはタケシの顔にそっと手を添え、イタズラそうな表情で彼を見つめた。


​「タケシさんはデリカシーがないんですね」


​「へ?」


思いがけない言葉にタケシはつい、情けない声が出た。


​「その質問、聞くタイミングがデリカシーに欠けます。もう少しロマンチックな場所で聞くべきです。私でも分かることです」


​「いや、だって、僕は……」


​ タケシは言葉に詰まってしまう。すると、アイリはくすりと笑い、タケシの耳元に顔を近づけた。


​「一人の女性として、タケシさんに恋をしています──」


​ アイリはそう囁くと、タケシの口元にそっとキスをした。


​ その突然の行動に固まってしまった。アイリはそんなタケシの顔から離れると、何事もなかったかのように家事の指示を出し始めた。


​「あ、タケシさんも朝食を食べて、早く家事を済ませましょう。今日はラボへ預けたコスモスの引き取りが」


​ アイリはそう言うと、タケシを置いて自室へ向かう。タケシはその言葉に胸が熱くなり、そして、再び悶絶した。

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