5章-第2話

その頃、一人で夜の闇を進むみちるの背後から、不気味な声が響いた。


「知識を得たければ、この呪いと共に生きるしかありませんよ、賢者様。その先には破滅しかありませんけどね」


振り返ると、そこにいたのは、陰鬱な顔をした一人の男だった。


「星核の欠片を、貴方が持っていたのね」


みちるは呪いの力によって得た知識から、男の正体を見抜いた。

男の瞳は陰鬱に光り、唇の端に薄ら笑いが浮かぶ。


「私の研究を笑った貴方への、最高の復讐です。知識に溺れる貴女には、この呪いこそが最上の贈り物でしょうね」

「呪いを除去したって、星核の欠片を除去しなきゃ意味が無い、なんてね。面白いじゃない」


みちるは殊勝な笑みを浮かべる。


「ええ、その通りです。呪いの除去さえ不可能な貴方に、星核の欠片を取り除けますかな?」

「探すわ、この体が朽ちるより前にね」


みちるは震える声で言い放つ。

鋭く痛む背中の傷が脈動し、視界がチラつく。


「出来ますかな。その呪いは時間が経てば経つほど、体の支配権を奪い、私にひれ伏す」

「私を玩具にしたいの? 小さい男ね」

「いいえ、私の目的のために動いてもらうだけですよ。実行犯としてね」

「させないわ。絶対……」


彼女は、呪いの力に抗いながら、男に背を向け、再び歩み出した。


(これだけの知識があれば、不可能はない。早く、理解したい。知りたい……!)


呪いと共に、彼女は新たな道を進み始めた。しかしその瞳は、まだ赤い光を宿したままだった。


ーーーー


ミヤビは地下牢の薄暗い通路を静かに歩き、りんたろうの独房の前に立った。

小さく手を振ると、りんたろうは少し微笑んでから会釈を返す。


「また来ちゃった」

「いらっしゃいませ、ミヤビ様」


扉を少し開けて顔を見せたりんたろうは、少しだけやつれているように見えた。


「最近どう? 虐められてない?」

「はい。待遇についてはまだ正式な決定はありませんが、酷い目には遭っておりません。お気遣い、ありがとうございます」


ミヤビはほっと息をついた。


「よかった……。辛い思いをしていなければいいけど」

「ご心配をおかけして申し訳ありません。ですが、ここにいる間も心は折れておりません。今はただ療養だと思って大人しくしているだけですから」


りんたろうは丁寧に頭を下げた。

少し間を置いて、ミヤビは話題を変える。


「みちるがいなくなって……一番近くにいるあなたから聞きたいことがあるの」


りんたろうは静かに頷いた。


「はい、何でもお聞きください」

「どういう人だったのかな……って」


りんたろうは少し間を置き、ゆっくりと話し始めた。


「みちる様は名門の家に生まれ、その類まれな才能で幼い頃から周囲を驚かせてきました。特に知識への好奇心が強く、全てを暗記してしまうほどだったとか。

しかし、その優秀さゆえに嫉妬や憎悪を買い、決して平坦な人生ではありませんでした」


りんたろうは遠くを見つめながら、思い出すように言葉を重ねる。


「常に期待され、完璧を求められる環境で、自らにも厳しくあったため、孤独を背負うことも多かったのです。誰にも弱みを見せず、心を打ち明けられる相手もほとんどいなかったそうです。

以前、独りぽつりと、空白が埋まらないと呟いていたのが印象に残っています。人形のようで退屈、とも」


りんたろうは苦笑を浮かべた。


「その強さが彼の心の闇を深め、星核の欠片に関わる呪いの知識に惹かれてしまったのかもしれません。

知識への渇望は、彼にとって逃れられない宿命であり、苦悩の源でもありました」


ミヤビは静かに頷きながら呟いた。


「みちるさんは、本当はとても強くて、優しい人なんですね」


りんたろうも頷く。


「はい。しかし、その強さゆえに孤立してしまった。だからこそ、彼が救われることを私も願っています」


ミヤビは拳を固く握りしめ、決意を込めて言った。


「私が、絶対にみちるを取り戻してみせます」


薄暗い牢獄の中、ミヤビの瞳には揺るがぬ覚悟が灯っていた。

地下牢の冷たい空気が、決意を固めたミヤビの熱を帯びた言葉を吸い込んでいく。

ミヤビはもう一度、りんたろうの顔を見つめた。やつれた顔に浮かぶ穏やかな微笑みは、彼女の心をわずかに痛ませる。


「……そろそろ行かなくちゃ」


ミヤビは寂しそうにそう言って、小さな手を扉から引っ込めた。


「はい。お時間をいただき、ありがとうございました」


りんたろうは静かに頭を下げる。彼の言葉に促されるように、ミヤビは扉を閉め、小さな窓からもう一度りんたろうに手を振った。


「ちゃんとご飯食べてね。何か困ったことがあったら、私が必ず何とかするから」


彼女のまっすぐな眼差しに、りんたろうは微笑みを深くする。


「ありがとうございます。ミヤビ様もお気をつけて。あまり無茶はなさいませんよう」


その言葉に、ミヤビはかすかに頬を赤らめた。


「うん……」


短く返事をすると、ミヤビはくるりと背を向けて歩き出した。彼女の背中が遠ざかっていくのを見送ると、りんたろうは静かに独房の奥へと戻っていく。

薄暗い通路には、再び静寂が戻った。しかし、そこに漂う空気は、先ほどまでとは少し違っていた。

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