第4話:最後の壁

ルガートと魔族の精鋭が激突する中、副官のレンは、将軍の命令に従い、第二防衛線へと後退しようとしていた。だが、彼の足は、何度も振り返り、ルガートの無事を確かめようと、立ち止まってしまう。将軍の背中が、まるで折れそうな木の枝のように見えた。


「レン! 行け! 私が、ここで時間を稼ぐ!」


ルガートの叫び声が、ブリザードの唸り声にかき消されそうになりながらも、レンの耳に届く。その声に、レンは涙をこらえ、走り出した。彼は、将軍の決意を無駄にしてはならないと、自分に言い聞かせた。


ルガートは、魔族の精鋭を率いる男と、一対一で向かい合っていた。男の魔剣は、ルガートの剣を圧倒し、その力は、ルガートの体に、次々と深い傷を刻んでいく。肩口から背中にかけて走る鈍い痛みが、彼の思考を鈍らせようとする。だが、ルガートは、痛みを無視し、ただひたすらに剣を振るい続けた。


キィン! キィン! ガァン!


ルガートの剣は、もう限界だった。刃はボロボロになり、いつ折れてもおかしくない。男は、ルガートの剣が砕け散るのを、確信したかのように、ニヤリと笑った。


「その剣も、その命も、終わりだ」


男は、そう言い放ち、魔剣に魔力を込める。剣の刃が、不気味な紫の光を放ち始めた。


「くそっ…!」


ルガートは、男の魔剣を、自身の剣で受け止めながら、叫んだ。その剣は、ついに音を立てて砕け散った。鉄の破片が、凍てついた空中に飛び散る。


「終わりだ、北方の英雄よ」


男は、嘲笑うようにそう言い放ち、魔剣を振り下ろす。その攻撃は、ルガートの喉元を正確に狙っていた。


だが、その瞬間、ルガートの顔に、奇妙な笑みが浮かんだ。それは、諦めの笑みではなかった。まるで、すべてを悟ったかのような、静かな笑みだった。


「まだだ…!」


ルガートは、砕け散った剣の柄を、男の魔剣に突き刺した。そして、その衝撃を利用して、体勢を崩し、凍りついた石床の上を滑り、男から距離を取る。男は、ルガートの予期せぬ行動に、一瞬だけ動きが止まった。その隙を、ルガートは見逃さなかった。


彼は、砦の奥にある、凍りついた湖へと向かって走り出す。その湖は、この砦の唯一の弱点だった。湖の氷は、厚く凍りついていたが、その下は、深い水が流れている。湖の中心部だけは、水流の影響で、他の部分よりも氷が薄くなっていることを、ルガートは知っていた。それは、この砦の将軍だけが知る、極秘の情報だった。


「湖へ行くな! 馬鹿者!」


男は、ルガートの行動の意味を理解し、叫んだ。だが、もう遅かった。ルガートは、すでに湖の中央へと走り出していた。


ドォン!


ルガートは、湖の中央で、再び振り返り、男に向かって叫んだ。


「来い! この氷の上で、決着をつける!」


男は、ルガートの挑発に乗った。彼は、湖の上を、猛スピードで走り、ルガートへと迫る。その顔には、勝利を確信した笑みが浮かんでいた。


ガキィィィィィィィィィン!!


ルガートは、男が近づいてくるのを待ち、砕けた剣の柄を、氷に叩きつけた。その衝撃が、湖の氷に、亀裂を走らせる。


「くそ…!」


男は、ルガートの罠に気づき、急いで足を止める。だが、もう手遅れだった。氷の亀裂は、瞬く間に広がり、湖全体を覆っていく。


バリィン!


男の足元の氷が、大きな音を立てて砕け散る。男は、深い湖の中へと、真っ逆さまに落ちていった。凍りついた水が、彼の体を包み込み、身動きを封じる。


「まだだ!」


だが、男は、ただの暗殺者ではなかった。彼は、水の中でも、その魔力を操ることができた。湖の水が、男の魔力によって凍りつき、彼の体を包み込んでいく。男は、再び氷の中から、ルガートに向かって、魔剣を振りかざそうとする。


「くっ…!」


ルガートは、その光景を見て、再び絶望に襲われる。だが、彼は、諦めなかった。


彼は、砕けた剣の柄を、再び手に取る。そして、湖の中にいる男に向かって、全力で投げつけた。


「死ねっ!」


投げられた剣の柄は、男の凍りついた体にぶつかり、魔力を込めたルガートの力によって、氷を砕いていく。


「が…!」


男は、氷の中から、苦痛に満ちた声を上げた。そして、その魔力は、一気に弱まっていく。ルガートの投げつけた剣の柄には、将軍としての、そして一人の人間としての、すべての想いが込められていた。故郷を守りたい、兵士たちを守りたい、そして、南方の勇者がその使命を果たすための時間を稼ぎたい。その強い想いが、魔力を打ち破ったのだ。


「…勝った…」


ルガートは、その場に倒れ込み、安堵の息をついた。彼の体は、深い傷を負い、体温は、氷の湖の冷たさによって、急速に奪われていく。


「…レン…」


ルガートは、かすかに呟いた。彼の意識は、次第に遠のいていく。彼の勝利は、誰にも知られることはない。だが、それでも、彼は、故郷を守ることができた。その事実に、彼の心は、静かな満足感に満たされていた。

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