第4話 ワーカー侵入事件・別ルート
巨大地下墳墓。その深淵に足を踏み入れたワーカーの一団『白銀の爪』は、まだ知らなかった。自分たちが踏み入れたのは、黄金郷ではなく、血と絶望の底なし沼だということを。
「噂では二度と戻れない場所だ? はっ、酒場の与太話だろう」
リーダーの男が、薄汚れた革袋を揺らしながら嗤う。彼の足元には、本編でアインズが仕掛けた「恐怖の罠」とは異なる、単純な物理罠が設置されていた。彼らはそれをやすやすと回避し、警戒心を薄れさせていた。
それは偶然に見せかけた必然──見えない糸が、彼らを玉座へと引きずっていくようだった。リーダーの男は、故郷に残してきた家族の顔を思い浮かべ、この旅路で得た金で、ささやかながらも幸せな暮らしを夢見ていた。
『白銀の爪』が足を踏み入れたのは、第4階層の、本編では語られなかったエリアだった。そこは、広大なジャングルではなく、人工的な構造物が立ち並ぶ迷宮のような空間だった。彼らは慎重に進んでいたが、内心ではすでに勝利を確信していた。
「……どうやら、この先が広間のようです」
斥候が耳を澄ませ、静かに告げる。
彼らが扉を開けると、そこには、荘厳な玉座が置かれた広間があった。そして、玉座の前には、一体の騎士が佇んでいた。全身を白銀の鎧で包み、その表面には複雑な魔術紋様が刻まれている。しかし、その兜の奥には、顔らしきものは見当たらない。
「何だ、ゴーレムか?」
戦士が安堵の声を漏らす。彼にとって、ゴーレムは手慣れた相手だった。
しかし、その騎士はゴーレムではなかった。
《命令:侵入者を確認。階層守護者代行(ガーディアン・プロキシ)、『白銀の自動人形(ギルデッド・オートマトン)』、迎撃を開始します。》
ナーベラルやソリュシャンとは異なり、この存在には感情も意思もなかった。ただ、アインズの命令を遂行するためだけに作られた、完璧な迎撃システム。
騎士が剣を構えた瞬間、広間の空気が一変する。それは、ただの敵意ではない。まるで、彼らの存在そのものが、この空間に許されないと言われているかのような「違和感」だった。
『白銀の爪』は、まず魔法使いが攻撃を仕掛ける。火炎の矢が騎士に直撃するが、鎧に刻まれた紋様が光を放ち、魔法を完全に無効化した。
「な、なんだと!?」
魔法使いが驚愕の声を上げる。
次いで、戦士が騎士に斬りかかる。彼が繰り出した渾身の一撃は、騎士の鎧にわずかな傷すらつけることができなかった。
騎士は、剣を振るう。その動きは、無駄が一切なく、完璧だった。剣が振るわれるたびに空気が歪み、耳鳴りのような金属音が響き、空気が凍るような冷気が広間に流れ込む。鎧が擦れる音は、まるで心臓の鼓動のように、彼らの耳に不気味に響いた。
斬撃と斬撃の間に、一瞬だけ、広間全体が息を潜めたように静まり返る。その一瞬の虚無が、彼らの心を恐怖で満たした。
そして次の瞬間、騎士の剣は戦士の腕を切り落とす。刃が迫る一瞬、戦士は避けるべき方向を理解していた。それでも、右肩を守る癖のある彼の体は間に合わなかった。視界の端で赤い飛沫が舞い、鎧の袖口からぶら下がっていたはずの腕が、石床に落ちていく。遅れて、灼けるような激痛が全身を駆け抜ける。
「……このゴーレム、ただのゴーレムじゃない! 撤退するぞ!」
リーダーが叫ぶ。その声には、僅かながら希望が含まれていた。撤退すれば助かるかもしれない、という微かな錯覚。
しかし、その希望はすぐに潰えた。魔法使いは恐怖に震える手で矢を放とうとするが、手が震え、矢が弦を外れた音がやけに大きく響く。
《侵入者の行動パターンを記録。思考の混乱、絶望、感情の暴走、これらのデータは今後の迎撃パターンの調整に利用可能。》
騎士の視線も感じないのに、彼らは自分たちが観察されていることを本能的に悟った。撤退しようとした瞬間に、足元から蔓状の罠が絡みつき、彼らの動きを完全に封じる。
絶望が顔に張り付いたワーカーたちの眼前に、騎士は無慈悲に剣を突きつける。
「ああ……畜生、くそったれ! 俺は……家族を養うために、ここまで来たってのに……!」
リーダーは、もはや言葉にならない罵声を発する。その絶望的な抵抗も、虚しく響くだけだった。
数分後。広間には、無残に散った四人のワーカーの死体と、完璧な姿勢で玉座の前に佇む『白銀の自動人形』だけが残されていた。
《任務完了。侵入者、殲滅。今後、侵入者のレベルに応じて、迎撃パターンを調整します。》
騎士が剣を鞘に戻すと、その衝撃で床の石が細かく砕け散る。
《デミウルゴス様、予想通りでした。侵入者の末路を観測し、次の『実験』へ移行します》
この自動人形が発した冷たい声は、誰にも聞かれることなく、広間の闇へと吸い込まれていった。
この日、『白銀の爪』という名のワーカーチームは、ナザリックの深い闇の中に消え去ったのだった。そして、地上では誰一人として、その最期を知る者はいなかった。
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