ごちそうさまとはどういうことか

 n+3回目。俺達は鍋を二つに増やし食べ放題を続けている。羊たちは腹ぺこ欠食男児山内のため鍋と座席を提供してくれた。そして30分も経たず山内の本気に怯え始める。

 山内が羊を怯えさせながら食い尽くしチャレンジを続ける横で、俺とシノは食べ放題を楽しんでいる。

 “ごちそうさまに辿り着く”、言ってみたが具体性がない。とりあえず俺は山内のチャレンジと並行できる作戦を考えた。プランB。食べ放題をきちんと楽しむことだ。

 マトンロール。薄切り肉は半解凍で提供される。鍋の熱で溶かし剥がして焼いていく。シノ曰く一番ラム味がする。

 俺はマトンロールより厚切りジンギスカンが好みだ。タレと絡むし、肉そのものの食感と味を楽しめる。

 その他、この店には上肉、ヒレ肉、骨付きラムがある。種類は少ないが味わいが違うし飽きはこない。

 鍋が見える程度、最大1.5人前くらいで焼くと焦げもなく油もちょうどよい。4,5人前を焼き続ける山内式は楽しむには不適と証明された。

 また、焼き野菜として、長ネギ、タマネギ、ピーマン、キノコ、芋、コーンを頼める。特にコーンはホイル焼きではなく輪切りが出る。芯は残るが、BBQ気分が味わえて魅力的だ。

「全体的に美味しいよな」

「それはそうだけど、これ意味あるの?」

 そう言うシノも白飯をおかわりしている。タレを味わうには白飯が最適という意見には俺も賛成だ。

「楽しく食べられたらごちそうさまって言えそうだと思ったけど、失敗かな」

 今のところn+2回目と差はない。あと30分で羊が鳴く。だが、無駄なわけじゃない。

「卓を移ってわかったけど、他の客には入れ替わりがある」

 元々の俺達の卓は店の隅。店内が見えないので他の客の動向は謎だった。卓を一つ横にずらしただけで店全体がよく見える。

「前と違う人がいるの?」

「食べ放題を終えて帰る客がいる」

「そりゃあ帰る人はいるでしょうよ」

 シノはぼんやりタッチパネルを眺めていたが、メニューのスクロールを止め俺を見る。

「他の客って食べ終わってる? 最近の食べ放題って残すの厳しいじゃん。追加料金とったりとか」

 言われてみれば帰った客のテーブルは肉も野菜も残っていない。

「もしかして頼みすぎなのか?」

 何回目からか卓上には肉と油が溢れている。山内が際限なく頼むのが主な原因だが、俺もシノも互いにどの程度食べるか知らず多めに注文していた節はある。

「改めてみるとメニューの最後に完食必須って書いてあるんだよね」

 シノがタッチパネルの食べ放題メニューを見せる。画面端で毎回初期セットを持ってくる黒い顔の羊が「完食必須めぇ」と話している。どうやらコイツが“メリ男”らしい。騙された気分だ。

 だが、注文を食べきる試みは何度かやった。皿が空でも戻るから、食べきるべきは店全体だと考えたのだ。

 でも、本当にそうだろうか。山内の注文を受け慌てる白い顔の羊たちを見ると疑問が浮かぶ。店にも俺達にも益がない。

「ジンギスカン屋の店員が羊なのどうかと思わないか?」

「いきなりなに? ジェンダーレスの時代だから普通だよ?」

 ジェンダーなのか? シノの相槌が呑み込めない。だが質問の前に彼女は手洗いに立ってしまった。

 俺は手持ち無沙汰になりタッチパネルを手に取った。注文はしない。メニューも見慣れたものである。

 何か新しいことはないか? 指を画面上で彷徨わせるとそれはあった。“注文履歴”。食べ放題だから金額確認は不要。そう思って押したことがなかった。だが、n+3回、ひたすらに肉を食べた俺達は何頭分もの羊を食べ尽くしたのではないだろうか。画面に出るのはn+3回、今回の注文履歴だけだが、ふと中身が気になった。

 そして、俺はごちそうさまに至らない理由に気がついた。

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