Episode4:興



 結局時間いっぱいまで楽しんだ。

 家では歌うこともないから、久々にストレスを一気に解放できた気がした。


「……えーと、支払いは」

「『A-s 電子決済』でお願いします」

「え?」

「これを使えば、色々とお得になります。あと、今私はかなり残高を予め取得した状態ですので、基本お金はこちらからお願いします」

「あー……そういえば書いてあったね」


 生活サポートのために、特別な決済サービスを使えるとかなんとか。

 でも、残高の話はなかったような……。


「これで支払いはおっけーです。ささ、行きましょう!」

「あ……ああ」

 結局、私はめいに流されるままカラオケ店を後にしたのだった。




***




『次のニュースです。昨夜K市の路上で、女性が刺される事件が発生しました。犯人は未だ捕まっていません。遺体には鋭利な刃物の跡のようなものが残されておましたが、現場に刃物は残されておらず──』


「怖いなー」

 朝起きてテレビをつけたら、いきなり殺人未遂事件のニュースが流れてきた。なんというか、朝ごはんを食べている時に見るニュースではない。自分が住んでいるK市ということもあって、漠然とした不安にも襲われる。


「………?」

 突然、私は少し胸を押さえた。

 自分でも何故なのかは分からなかったが、少し胸が締め付けられるような感覚があったのである。


「箱庭さん、どうかなさいましたか?」

「あ、何でもない。犯人が捕まっていないから、一応気をつけようね」

「そうですね。何かあったら、私も戦えますよ!」

「いや……戦わないで逃げようね……」


 めいはロボットの体を持つからなのか、結構物騒なことをさらっと言う。もしかしたら物凄く強いのかもしれないけど、殺人鬼相手にわざわざ戦いにいく必要はない。


「……それにしても、この画像……この道路って、多分うちから駅までの道中だな」

「そうですね。ここから南へ徒歩6分ほどの場所です。地図をお出ししましょうか?」

「いや……大丈夫だ。気をつけることには変わりないからね」


 かなり物騒なニュースを見てしまったが、今日やろうと思っていたことはやろうと思う。


「まぁ、予定通り、今日はショッピングモールに行こうか」

「はい!」


 K市の駅から15分ほどの場所に、ショッピングモールがある。面積は非常に大きく、周辺の街からも休日には人が集まってくる。

 昨日の夜、命が行きたいと言ったので今日はそこに行くことになった。彼女は本当に感情があるかのように話すので面白い。


 私たちは食事を終えると、皿を片付けて外出の準備を始めた。

 私も命も自分の部屋に10分ほど篭った。


「……あれ」

 私は自分の部屋で服を着替えていると、ふとズボンに巻いたベルトが少し緩んだような気がして、慌ててきつく締めなおした。


「さてと……」

 私は部屋に置いてあった手帳を手に取った。毎年町の本屋で同じシリーズのものを買っているため、書くのも確認するのも慣れたものだ。

 私はパラパラとページをめくり、今月のページを開く。

「……よし、今日くらいに送れば、多分ちょうど届くな」




***




「……!」

 とことこと歩いていくと、我らK市が誇るショッピングモールが見えてきた。

 それを見て、めいが目を輝かせている。何度も言うようだが、その表情は本当に人間みたいだ。


「箱庭さん!私、ショッピングモール初めて来ました!」

 めいがそんなことを言い出して、少し興味深いと思った。


(……そもそもほとんどの施設には行ってないはずなのに)

 というのも、精神科AIは基本的に毎回1人1つ用意されていて再利用されることはないらしい。つまり私が起動させたときからしかデータはないはずだ。

 しかし、命はまるで外を出歩いていた頃があるかのような話し方をする。その姿は私には少しおかしくも見えた。


「色々回っても良いですか!」

「ゆっくり回ろう。せっかくだからね」


 無邪気にはしゃぐめいは、なんというか子供のようだった。

 めいを見ていると、まるで自分が子供を連れた親かのように思える。実際は子どもどころか結婚もしていないというのに。


 私たちはショッピングモールの1階の北口から入場すると、そのまま真っ直ぐ南口へと歩くことにした。2階へと至るエスカレーターは北口と南口付近それぞれに設置されている。


 北口の端には、レストラン街があった。

 めいは目をキラキラとさせている。AIロボットは食べ物を食べる必要はなく、充電するだけで問題ないと説明書に書いてあったのだが、何故かめいは美味しそうに食事をするのでこちらも何か食べさせたくなる。


箱庭はこにわさん!こっちも入って良いですか?」

「あ、良いよ」


 命に連れられて、私は衣服店に入る。安価ブランドが多く置いてある店だ。私もよく利用している。


「箱庭さん!これとかどうですか!」

「え?……あ、良いんじゃないかな」


 命は私にスカートのようなものを見せる。命が楽しんでいるので私は特に突っ込まなかったが、私は女性物の服は全く分からない。


 結局、命は衣服数点を購入した。私の家には大した服がないため、気になったのだろうか。


 そして、私たちはそのまま南口へと一気に抜けていく。


「……」

 私は不思議と心が落ち着くような気がした。

 心が少しだけ、外部の刺激を求めるようになっていく。

 眩しい照明の光が、体を刺すものから、体を照らすものへと変わっていく感覚を覚えた。


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