第19話

 日の光が注がれて一帯は明瞭となる。町に着いた直後、太陽がルトゥタイの陰から顔を出し始めた。

 それによって町の惨状が一目でわかってしまった。


「くそっ……! 遅かったか……」


 ルカが唇を噛む。ヴィヴィは町の奥の方まで目を遣った。

 小さな町だがそこそこの建物が並んでいる。人口も場所を考えれば多そうだ。

 しかし、町から活気は聞こえない。

 それもそのはず、町中の至る所に血溜まりがあったのだ。

 二人は道の端にあるひとつに近寄って観察する。


「服だけ残っていて死体がない……。一体どういうことなんだ……?」


 地面に吸い込まれた血により、一帯は赤褐色に染まっている。その上に同じ血にまみれたと思われる衣服が置かれていた。

 ヴィヴィが腰を落とし、なにが起こったかわかる証拠はないかと目をこらす。


「この血がいつのものかわかるか?」

「そこまで古くはなさそうだが、血で経過期間を判断するのは難しい」

「そうか……。他の所も見てみよう」


 そうして二人は血溜まりを見て回る。しかし、血の飛び散り方が違うぐらいで状況は同じであった。屋内にも入ってみたが、ここにも血の跡と衣服が残されていた。

 生き残りがいないかと何軒も回ったが成果はなしだ。

 その一室でルカとヴィヴィが言葉を交わす。


「どう思う?」

「何かがあったのは間違いないね」

「そんなわかり切ったことは聞いていない」

「知っているよ。だけどそれ以上のことはわからないんだ」

「さっき見つけた獣の死体と関連性は?」

「んー、それは薄そうだ。向こうは体内だけをからっぽにしているけど、こっちは血と服を残して死体自体が消えている」

「うーん……」


 ルカがシャベルの先を床に当て、杖代わりに軽く身を預ける。頭をひねるが証拠が少なく答えにたどり着きそうにない。唸る声だけが部屋の空気を震わせる。

 その時、奥の部屋でガタッと物音が鳴った。二人はすぐさま武器を手に取り身構える。


「生き残りか……? 見に行こう」

「ああ」


 屋内でも戦えるようにルカはシャベル、ヴィヴィはナイフを手にして廊下を進む。

 そして、音が鳴ったと思われる部屋の前で足を止めた。扉が閉まっており、今は中から音は聞こえない。

 二人は目線を交わして合図を送る。ルカが取っ手を下げて扉を開いた。

 ゆっくりとルカが中を覗き込む。最大限の警戒をしながら足を踏む入れる。

 部屋の中は、ベッドがひとつ、衣服をしまうための戸棚がひとつ、小さな机と椅子があり、綿が詰められたぬいぐるみがたくさん並んでいた。どうやらここは子供部屋らしい。

 部屋に風が吹く。窓の方を見るとガラスが割れていた。その近くの床に小さな置物が落ちていることから、先ほどの物音はこれであったのだろうか、と推測される。


「……異常は無さそうだ。血もない」

「ふむ……、あまり長く屋内にいるのは危険だ。出よう」

「わかった」


 ヴィヴィはナイフを鞘に戻し、部屋を出るために踵を返した。ルカもそれに続こうとしたのだが、


「…………」


 戸の閉まった戸棚が目についた。油断しているつもりはない。しかし、何気なく戸の取っ手を掴んで開いた。すると、


「ギシィィィィィィ!」

「うわっ!」


 黒い物体が中から飛び出しルカに襲い掛かった。顔に飛んできたそれを反射的に腕で防いだが、その腕にしがみつかれる。


「この! 離れろ! ――いっ!」


 ルカが呻き声を上げた。腕についている物体に噛まれたのだ。


「ルカ!」


 部屋の入口付近にいたヴィヴィが急いで駆け寄る。ぶんぶんと振り回される腕を左手で押さえ、右手で黒い物体を鷲掴みにして剥ぎ取った。そして、床に叩きつけたそれを鞘から抜いたナイフで床ごと貫く。


「ギィィィィィィィ!」


 体を貫かれた物体は断末魔を叫ぶ。その際に緑色の液体が吹き上がり、ナイフを持つヴィヴィの左手にいくらか付着した。


「ふう……、無事かい?」

「いや、噛まれた。傷自体は大したことないけど」


 そう言ってルカは床に縫い付けられた黒い物体を見る。それは、人の顔ほどの大きさをした蜘蛛であった。


「なんでこんなのがいるんだ……?」

「それはわからないが、毒を持っているかもしれない。急いで水で洗い流そう」

「そうだな、行こ――」


 ふと、室内が薄暗くなる。その異変に二人はすぐに窓の方に視線を向けた。

 すると、足元にいる蜘蛛と同じ種類と思われる大量の蜘蛛が窓を覆いつくしていた。ガラスの割れているところから部屋の中に流れ込んできている。


「まずい! 出るぞ!」


 危険な状況にルカはとにかく外へ出ることを選んだ。蜘蛛たちを背にして急いで部屋を出る。

 それに続こうと、ヴィヴィは床に突き刺さったナイフに左手を伸ばす。しかし、


「……チッ」


 舌打ちをすると、右手でナイフの柄を掴んで引っこ抜く。一緒に持ち上がった蜘蛛を振り払い、窮屈そうに鞘へ納めてからヴィヴィも部屋を出た。



 屋外に出たが景色は変わっていない。あの蜘蛛たちは先ほどの家屋に集結しているようだ。二人は逃げるように町の入口の方へ走る。


「あっ、しまった……! リュックをさっきの所に置いたままだ」


 手にシャベルは握られているが、いつも背負っている重そうなリュックはなかった。室内を調べる際に邪魔なので家屋の入口の端に置いておいたのだ。


「戻るかい?」

「いや、戻るにしても時間を置いてからだな。あの辺が今どうなっているかわかったもんじゃない」


 幸い、蜘蛛は追ってきていない。どこかに隠れてほとぼりが冷めるのを待つ方が良さそうだ。

 そう考えながら町の大通りとなる太い道を駆けていると、地面に影ができる。


「――! 跳べ!」


 危険を察知したルカが声を上げた。二人は前方に飛び込んで転がるように受け身を取る。そして、すぐさま先ほどまでいた位置を見遣る。

 そこには灰色の巨体があった。ガサガサと振り返るその脚は八本。顔と思われる箇所には大きな黒い目が二つと、はさみのような上顎が前に突き出ている。そして、背中には傘があり柄が太いきのこが鎮座していた。


「く、蜘蛛……! 色は少し違うけどさっきの奴らの親か!」


 先ほどの蜘蛛の何十倍もの大きさだ。その巨大な敵は上顎をがちがちと動かし臨戦態勢に入っている。

 ルカはすぐさまシャベルを斧へと変形させて前に構える。ヴィヴィも弓を手にして身構えた。

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