第11話

 そうして二人の旅は、時間帯によってはルトゥタイの影に入ってしまう地点まで到達していた。

 ここまで来ると日常的な交易をしている町が少なくなり、次に向かう町の情報があやふやなことが多くなってくる。なので、野宿をする機会も必然的に増えているのだが、今日は幸運にも夕暮れ前に比較的大きな町にたどり着くことができた。


「フィルターの替えを買っておかないとな……、この先で買えるかわからないから多めに……」

「ふわあー、まだかい。キミはいつも長い」


 ぶつぶつと呟きながら店内の商品を選んでいるルカと、もう店内を三週して飽きてしまったヴィヴィ。二人は――、というよりルカは、胞子の濃度がより濃い地域に入ったのでそのための備えをしていた。防護マスクのフィルターに胞子が詰まりやすくなったりするなど、色々と問題が増えてくる。


「テントも新しくするか……、ついでに防護服も……。あっ、消毒用のアルコールも買わないと……」


 品揃えが良い店ということもあり、まだまだルカの思案は終わりそうにない。そんな相棒の姿を、ヴィヴィは壁に背を預けて静かに眺めていた。腹が減った、と言っても怒られるのは目に見えている。

 それからさらに悩んだルカであったが、結局は持てる量を考えて必要最低限の物しか買わないことにした。ずっと待っていてくれていた店の主人である小太りの男性に、購入する商品を見せて代金を手渡す。


「えーと……、はいはい、丁度ね。ところで、そちらのお連れさんは防護マスクをしてないけど、大丈夫なのかい……?」


 二人が店に訪れてからずっと気になっていたことを男性が訊ねると、ルカは慣れたことのように苦笑いをしながら答える。


「ははは……、大丈夫みたいです。お気になさらず……」

「そうなのか……、変わっているね」


 これまで同じ質問をしてきた人と変わらない反応をもらい、場を取り繕いながら買った商品をリュックに詰めていく。


「もう一つ訊くけど、二人は旅人だよね。ルトゥタイに行くのかい?」

「そうです。この先にまだ町はありますか?」

「あー、あるのはあるけど結構遠いね。それより、余計なお世話だろうけど、行かない方が良いよ。ルトゥタイを目指した旅人が帰ってきた話なんてないんだから」


 人の良さそうな男性が本当に心配するように忠告した。それに対してルカは防護マスクのゴーグル越しに申し訳なさそうな顔を見せて言葉を返す。


「ご心配ありがとうございます。でも、俺たちには大事な目的があって……」


 これも、二人が立ち寄った色んな町で幾度となく交わされた会話であった。理解してもらうつもりはないが、ルカはいつも真摯に答えていた。


「なるほど……。冒険とか観光目的の旅人ばかりだけど、二人は違うんだね。それなら止めないよ、おっちゃんも応援するから」

「――はい!」


 思いを感じ取った男性は朗らかに声援を送り、手を差し出した。ルカはそれを両手で握り返して感謝を示す。

 ヴィヴィはそのよくある光景を、店の入口付近から退屈そうに眺めていた。


 ※


 翌日。

 ルカを先頭に、松明の灯りを頼りに暗闇の森を歩いていた。

 木の間から見える真上の空は青い。しかし、ルトゥタイによって太陽の光を遮られ、一帯は闇に覆われている。中には自ら発光しているきのこもあるが、微々たるものだ。


「おっと、行き止まりか……。なあ、他に通れそうな道はあったか?」

「ん、少し戻った所に細い道があったけど。でも、ルトゥタイとは違う方角に続いていそうだったよ」

「まあ、今更遠回りを避けても仕方ない。そこを通ろう」

「了解」


 そうして踵を返したその時、道の小脇からパキッと小枝が折れた音が鳴った。

 すぐさま二人は身構えて、松明で音のした方を照らす。すると、人影のようなものが逃げるように走っていくのが見えた。


「人……? こっちに道があったのか……。い、いや、それよりも追うぞ!」


 言うや否や、ルカは群生している身の丈ほどのきのこの隙間をすり抜けて謎の人影を追いかける。


「なんで追いかけるんだい?」

「この迷路みたいな森を抜けるための情報がいるだろ! それに、遭難者だったら助けないと!」

「こんな所でわざわざ遭難する変わり者なんていないと思うけどねえ」


 後ろをついて行くヴィヴィがそんな感想を漏らす。まさに先ほどまで自分たちが変わり者になっていたのだが、それを指摘する者はいなかった。

 人が通った形跡を頼りに、二人は鬱蒼とした森の中を駆ける。

 そして、


「家だ……」


 木々の間を抜けると、開けた場所にたどり着いた。そこには家屋が建ち並んでいる。

 こんな場所に集落が……、とルカが呆然としていると、


「お、おーい!」


 黒い防護服を着込んだ大柄な人物が高く上げた手を振りながら駆け寄ってきた。男性のようだが、様子がおかしい。先ほど見かけた人影とは背丈がかなり違うので別人と思われる。


「こ、こんにちは」

「はあ、はあ、こんにちは……。じゃ、じゃない! あなた! 防護マスクもなしでこんな危険なところに! 暗いとはいえ、この辺りは夜行性のきのこがほとんどで――、ってそれどころじゃないですね! こちらへ!」


 矢継ぎ早に言うと、男性は二人について来るように促して集落の方へ走り出した。


「な、なんだあ……?」


 ルカがちらりと後ろに視線を向けると、ヴィヴィが、よくわからない、と肩をすくめる。

 とりあえず、追いかけた方が良さそうだ。少なくともヴィヴィの心配をしてくれているらしいので、悪い人ではないだろう。

 そう判断したルカは、駆け足で集落に入る。

 そして、他と比べて一回り大きな家の前で先ほどの男性が手招きしていた。それに従って二人は男性の前で足を止める。


「さあさあ入って! 博士の作った薬を打てば助かるかもしれない!」

「薬……? えっと、こいつのことは気になさらないで……」

「博士ー! 博士ー! 急患です!」


 男性にルカの言葉は届かず、家の玄関である戸を叩きながら叫ぶように声を上げる。

 すると、中から白髪の老人が何事かと顔を出した。


「どうした、騒がしい。新しい旅人か?」

「そうなんですけど、防護マスクを! まずいと思って急いで博士に!」

「まあ、お前さんはとりあえず落ち着け。……ふむ」


 慌てる男性の言葉を受け流すと、老人は見慣れない二人組に目を向けて、納得したように頷く。


「いらっしゃい、旅人さん。中で話でもしませんか?」

「あ、はい。それは構いませんが……」

「博士! 薬、薬!」


 今だ冷静さを失っている男性を横に、ルカは苦笑いをする。


「はあ……。薬でもなんでも使ってやるから静かにしていなさい。では、お二人もこちらへ」

「お、お邪魔します」


 老人はため息をついて男性に注意をし、ルカたちを家の中に招き入れた。

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