六人の候補生 ③
それから、颯は再び会話が盛り上がり始めた隙を見てトイレに行った。
扉を閉めて鍵をかけてから、大きなため息を吐いた。
「やっちまったぁ……」
颯は自己紹介で悪い癖が出てしまったことを後悔し、自分を消してしまいたくなった。
ここまで来ると虚言癖も病気だ。
話をどれだけ盛れば気が済むんだ。高校卒業後はそもそも大学に行くつもりだっただろうが。受験に失敗して、浪人して、その途中で心が折れて進学を諦めたんだ。
トレーニングってあれか?
風呂上がりの柔軟と、気分でする走り込みと、一日五分の視力トレーニングのことか。
資金集めというか……ただ高校卒業以来、高校時代の同級生と遊ぶことも少なくなり、バイト先の同僚とも馴染めずに、金の使い道がなく、実家暮らしで貯金が捗っただけの話だ。
――とはいえ、全てが嘘というわけではない。
以前から、パイロットになりたかったのは本当だった。
けれど、手段を調べたらその途方もなさに絶望して、具体的な行動を起こすことを気付けば先延ばしにしてきた。
きっと『AIR ACE』が発売され、このプロジェクトが発表されなければ、自分は今も『資金繰り』という名目で〝怠慢と妥協に塗れた〟日々を過ごしていただろう。
いつかパイロットになる。
自分はその夢と小さな努力を、就職や受験、恋愛、友人関係――現実から逃げる言い訳ばかりに使っていた気がする。
貴広とはきっと何もかもが違う。
「本当、ダサすぎる……」
颯は二分ほどしてトイレから出ると、重たい足取りでテーブルに戻った。
当たり前といえば当たり前だが、候補生やスタッフたちは颯の虚言に気付いた様子もなく、変わらずに飲み食いしている。
案外、貴広の挑発ともとれる言葉に乗っただけ。そう思われているのかもしれない。
颯は内心胸を撫で下ろしていると、昼間よりも明らかに元気な初奈がこちらにやって来た。
「昼間はあんま話せなかったねえ。ウルフくん」
「そうだったね。一応、久しぶり、ってなるのかな――」
「へえ、知り合いだったんだ」
貴広と話していた弥勒は、二人が知り合いであると聞いて話に混ざってきた。
「知り合いというか、ゲーム内で少し話したぐらいだったんだけど。実は俺のエッジのデザインをしてくれたのは初奈なんだ」
「あの狼の顔がついてるやつか」
入鹿もそれを聞いて、寄り掛かって休んでいた上半身を起こした。
『AIR ACE』はアバターと機体のデザインの自由度が高い。
そのため上位プレイヤーになるとファンから、自分のデザインを使ってください、という話が出てくることもある。
「デザインをもらったの初めてだったから、嬉しくてずっと使ってたんだ」
「そう言ってくれると、わたしの方が嬉しいかな」
初奈は照れたらしく、火照った顔をパタパタと手うちわで扇いだ。
「まあ、オレは自分のが一番気に入ってるから、たまにファンサービスでつけるくらいだぜ。てか、『ホーク』とか『雪兎』クラスの人気なら、オレなんかより相当もらってるんじゃねえか?」
貴広は話を振られると、困ったように眉根を寄せた。
「俺も最初はもらってたのを順番に使ってたけど、シーズンの途中くらいからもらう数が増えすぎたから、一番気に入ったデザインに固定してる」
「……私は、ずっと友達がくれたのだけ使ってた」
「みんな羨ましいな。僕なんて、自分で最初に作ったデザインをずっと使ってるよ」
弥勒が自虐気味に笑った。
『ロック』のアバターはあれだから、ネタ以外で描かれることは少ない。
颯はコメントに困った。
「それなら、今度作ってあげるようか?」
初奈が笑顔で提案する。
「え、いいの?」
「あ、そうだ。どうせなら、みんなで同じマークとかつけたくない?」
初奈は会心のアイデアが閃いた、という感じで手を叩いた。
「オレは嫌だぜ。馴れ合いみたいで」
「……私は、今のデザイン気に入ってるから」
「ごめん。俺もそういうのはちょっと……」
「個人的に、同じロゴつけた仲間と競い合うのは嫌だな」
「うっ。猛反対されたー!」
初奈は弥勒以外の全員に反対され、落ち込んで隅に逃げてしまった。
「ぼ、僕は悪くないと思うよ」
弥勒が慌てて慰めるが、他の面子はでもなあ、といった感じで顔を見合わせた。
午後十時過ぎ、任の判断で一行は店を撤退した。
バスで社員寮を目指す途中、また寝落ちしていた勲子がはっと目を覚ました。
「あ、ごめん。言い忘れてたけど、社員寮は相部屋にしてもらうから」
勲子は覚束ない手つきで、鞄を漁り手帳を取り出す。
「えーっと、雪兎ちゃんと初奈ちゃんが211号室。入鹿くんと弥勒くん210。――貴広くんと颯くんが209ね。鍵も渡しとくわ」
酔いと疲労でほぼ全員がダウンしている中、颯と貴広だけが、これは面倒くさいことになったと冷や汗をかいていた。
「それじゃあ、明日はバス八時にお願いしてるから時間順守でよろしく」
解散してから、颯と貴広はお互いに一言も交わさないまま部屋に入った。
二週間とはいえ、他人が二人で生活するには明らかに狭い1R。家具は二段ベッドと机、液晶TVも設置してある。
颯はあることを思い付いて、持ってきたゲーム機を取り出した。
ゲームの成績上位者からパイロットを選抜する――という、プロジェクトのコンセプトを考えれば当然だが、『AIR ACE』はリアルな操縦感覚が売りのゲームで、教材としての評価も高い。
プロジェクト期間中、海外研修には持参するように指示までされている。
国内研修中は別に必要なかったのだが、颯は話題作りになると思って持ってきていた。
「わざわざ持ってきてたのか。先、シャワー浴びていいか?」
「おう」
颯は設定が面倒なので、オフラインモードでゲームを起動させた。
タイムアタックモード。ステージ選択。選択するのは『地中海レベル4』。風速は弱ランダム。――シーズンⅢトーナメント、準々決勝のステージ設定だ。
数分後、貴広がシャワーを浴びて戻ってくると、液晶を見て何故かため息をついた。
「言っとくけど、あの勝負は俺の勝ちだ」
貴広は颯の意図を察したうえで、それを否定したいらしい。
「……そんなことは分かってる」
「俺が言ってるのは、仮にトラブルがなくても俺が勝っていたってことだ」
「そんなことないだろ」
貴広はそれには答えず、黒いキャリーバッグを開けて、中から用具入れのような箱を取り出した。
「あの勝負の後、俺は矢浪が選択したコースを何度か試してみた」
箱からは黒い『エッジ540』の模型と、自作したらしい同じ縮小のパイロンが出てきた。
「エッジ、自分で塗装したのか?」
「まあな」
貴広は床にパイロンを並べ、ステージのコースを再現した。
「確かに、エアリングの判定をスピンで回避するのは盲点だった」
貴広はエッジの模型で、エアリング通過後の進路を再現した。
「エアゲートも通れる。ここで外側に膨らまないからタイムは十分に縮められる。ここまではいい。だが、問題は一本目のナイフエッジゲートだ」
貴広が続きを言わなくても、颯はその続きを分かっていた。
「分かってるとは思うが、ここからコース取りのアドバンテージを生かそうとした場合、ルートが急過ぎて俺たちの速度じゃどうやったってパイロンにぶつかる。勿論コース取りを修正すれば回避もできるが、ロスが出てルートを変更してまでインを取った意味がなくなる」
貴広は丁寧にも模型で失敗とタイムロスを再現する。
おそらく貴広自身も、何度も挑戦して失敗したのだろう。颯もあの後、掴んだ感触を手掛かりに何度かフライトをしているから良くわかる。
「……そうだな。だけど、俺は一度だけ成功したんだ」
颯は怪訝そうな顔をする貴広に向けて、勝利を確信した笑みを浮かべた。
「借りるぞ」
颯は貴広から模型を奪い、エアゲート突入からルートの再現を始めた。
「いいか、まず前提条件として。このステージは、風が弱ランダムの場合、北東から南西に向けて常に弱い風が吹いている。そこで、俺はそれを利用することにした」
「風で強制的に進路変更させようってことか、それなら無理――」
「――無理じゃないんだよな。確かに普通にやれば、ここの風はそこまでフライトに影響する強さはない。でも、このナイフエッジゲートのだけは違う。いいか。ここを通過する際、風は丁度パイロットから見て右から左に向けて通り抜けるように吹いている」
颯は実際に試合の際にしたように、ナイフエッジゲート通過する瞬間よりも少し早く機体を垂直に傾けた。
「そうか、なるほどな……」
貴広は颯の発想の着地点に気付き、驚きに目を見開いた。
「普通なら機体を垂直にするのは、ナイフエッジゲートを通過する瞬間だけだ。その方が、コントロールも効くし失速もしない。だけど、俺は風の影響を最大限に受けるために、敢えて早めに機体を傾けて旋回を始めたんだ」
颯は間違いなくパイロンに接触するルートで通っている模型が、風の影響で僅かにアウトコースに弾かれる様子を再現した。
無論、実際の操作はもっとシビアだ。
颯自身何度もやって、ようやく操縦感覚とパイロンに接触しないかつ、タイムロスを最小限に抑えるタイミングを掴んだ。その過程で、風の強さ次第ではどうやっても成功しないことも分かった。
そこまでしても、機体が動く距離は五十センチにも満たない。
けれど、その差がパイロンに接触するかどうかの明暗を分ける。
「こうすれば、直前までは無理前提の最短コースを飛んでいた機体が無事に正規の最速ルートに戻れる。それまでのアドバンテージを維持したままな。風向き固定されてて、風速も上限に近いのが前提だけど――あのときの感覚ならいけた」
颯は模型を置いて立ち上がり、言い返せない貴広に背を向けた。
エアリングのスピンといい、ゲームの使用の隙をついたような、現実ではほぼ再現不可能な行動だ。
だが、貴広はそれを指摘しない。
ゲームの勝負では、ゲーム内のルールが全てということを分かっているからだ。
「それじゃあ、俺もシャワー浴びてくる」
「――出来るのか?」
「え?」
颯が振り返ると、貴広がゲームのコントローラーをこちらに差し向けている。
「今、ここで再現できるのかと聞いたんだ」
「いや、それは、あの日の集中力なら、多分行けたって話で――」
「ここで再現できないなら、やはりあの勝負は俺の勝ちだな」
颯は笑みを引きつらせながら貴広を見た。
その一歩も譲る気はない強情な瞳を見て、残念ながら貴広が本気で言っていると理解する。
「待てよ。別にいいだろ。トラブルだろうがなんだろうが、あの日お前は勝ったんだから」
「それが違う。トラブルが起こらなくても、俺は勝っていたと言っているんだ」
颯もその言い方を聞いて、いい加減にカチンと来た。
「待ってろ。そこまで言うならやってやる。ただし、絶対に勝ってたいうなら、お前ももう一回操縦しろよ。あの成功がまぐれじゃないって言うならな」
「分かってる。不満があるなら、他のステージで勝負してもいい」
こうなった以上、引くわけにはいかない。
颯は急いでシャワーを浴びると、貴広とのタイムアタック勝負に挑んだ。
しかし、酒が入り疲弊した二人のコンディションは万全というにはほど遠く、雌雄を決するはずだった戦いは泥沼の様相を呈した。
「――なるほど。それが、遅刻の言い訳ってわけね」
翌朝、バスの到着時刻を過ぎても一向に現れなかった颯と貴広の二人に対し、勲子は青筋を立てて怒りを露わにした。
「それでどっちが勝ったんだ?」
「ちょっと、やめろって」
後部座席でくつろぐ入鹿が、弥勒の制止も聞かずに二人を煽った。
「まさか、そこまでしといて。引き分けで終わりましたー、なんてことないだろ?」
反省の意志を伝えるために静かにしていた颯と貴広だったが、これには案の定黙っていることが出来なかった。
「俺が十六勝十五敗で勝ってたんだけど。食い下がられて引き分けになっちまったよ」
「おい。違うだろ。元はといえば、俺が十五勝十四敗で勝っていたところで、矢浪が――」
「分かった。分かったから、騒がない、掘り返さない。入鹿くんも煽らない!」
勲子は頭を抱えて大きなため息をついた。元より彼女も二日酔いで本調子ではない。
「このプロジェクトって中学生も参加できたんだっけ?」
雪兎はそんな二人に失望の眼差しを向けた。
「でも、雪兎ちゃん。なんかあの二人の関係、萌えない?」
「え?」
初奈は意味を理解できない雪兎を余所に、一人目を輝かせていた。
「まあ、いいわ。とにかく、今日から訓練がスタートするんだから、みんな気を引き締め直してね。二人とも決着は来年つけなさい。そういうプロジェクトなんだから」
勲子は馬鹿らしくなって怒るのをやめ、座席にもたれ掛かって目を閉じた。
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