エルフのワイフがメイスでゴン
Nikolai Hyland
モブ男をゴン
某大陸、某王国、某都市。
そこまで発展しているわけでもなく、そこまで辺境なわけでもない、悪く言えば中途半端な、良く言えば……なんだろう、まあ安心感がある。
そんな都市に一組の冒険者がいた。
二人組の片割れは、長身に精悍な顔つき、冒険者生活で鍛えられたであろう引き締まった身体つきをしている普人族の男性だ。
髪は白髪交じりのグレイヘアー。
無精とまではいかないが、常にキレイに整えられているわけではないあごひげ──特にクエスト帰りであるほどに乱れているが許してやってほしい。
装備は割合軽装だが、見る人が見ればひとつひとつは物が良い、かなり金のかかった装備であることがわかるだろう。
だが全体的な印象としては、総じて地味なオジサンという評価に落ち着いてしまう。
実際の年齢は30代前半で、働き盛りの男盛りではあるのだが、やはり若白髪は老けて見えるものだ。
ただ、髪色もその原因のひとつではあるのだが、何よりも雰囲気というか、苦労人っぽいオーラのようなものが放出されているかのように感じられるのが主因かもしれない。
片やそんな彼に寄り添うように歩くのは、輝くような美貌を持つエルフの女性だ。
ただでさえ美形の種族だと言われているエルフの中にあっても、なお美しいと言わざるを得ないかんばせを愛らしい笑顔で彩っている。
髪は麦穂の波を思わせる深い金髪がゆるくウェーブしており、ハーフアップにまとめたその毛先が肩甲骨あたりを流れる。
瞳は光の具合によって抜けるような青空にも、神秘的な地底湖にも見える青系統。
吊りがちな目元と自然と引き上がった口角が、明るく好奇心旺盛な雰囲気を伝えてくる。
装備は同じく軽装だが、こちらは目立った武器はなく、ローブの隙間からちらりと覗くメイスが彼女を後衛職ではないかと推察させる。
そんな目立つ二人組──主に目立つのは女性の方だが──が他愛のない話題で談笑しながら冒険者ギルドへと入っていく。
中に入ると正面には受付カウンターが並んでおり、左側には飲食やパーティが話し合うためのテーブルと椅子が並べられたスペースがある。
夕方に差し掛かるこの時間帯は、朝イチのそれに並ぶピークタイム、の少し前。
ギルド職員からすれば嵐の前の静けさともいえる、ギリギリ休める時間である。
とはいえ、この二人組のように早めに切り上げて来たり、そもそも半日仕事のみで終わらせてグダグダしたりしている者もいるので、それなりに人がいる。
そんな中をそれまでどおりに楽しそうにしながら受付カウンターへと向かう二人組。
「完了報告だ」
「お疲れ様でした。ザザさん、エルサイノスさん」
「疲れることなんかなかったよ~」
「流石はAランクですね」
いつもどおりといったお互いに手慣れた様子で手続きを進めていく。
ザザたちが提出した討伐の証拠兼売却用素材であるモンスターの部位は専門の部署に回され、書類上の必要項目を埋めていく。
「はい、結構です。それでは詳細な鑑識後に達成金と、素材買取額を入金しておきます。それで問題ありませんか?」
「ああ。いつもどおり頼む」
「承知しました。では、次回の依頼はどうしますか。いくつかご紹介したいものがあるのですが、このまま仮受諾されていきますか?」
そう言ってカウンターの上に広げられたいくつかの資料は、どれもそれなりに高難易度なモンスター討伐系の依頼である。
この二人組の冒険者は、能力的にどんな依頼でも対応可能という万能性はないが、ことモンスター討伐に関してはこのギルド支部の中でも随一の達成率を誇る。
ギルド職員がそれらを把握し、依頼を勧めているこのやり取りから両者の間に成立している信頼や信用といったものが垣間見える。
「久しぶりに間引きに参加しようか?」
「良いな! たまには思いっきり暴れたいぞ!」
「たまには……? まあ良い。じゃあこれで」
「ふふ。わかりました、では魔境での対象不問の討伐任務を仮受諾としておきます。明朝、当ギルドでの受付後、現場に向かってください。おそらくは深めのエリアに案内されるかと思いますが、おふたりなら大丈夫ですよね」
魔境というのは、魔素濃度が異常に高い環境のことを指し、特にそれによって動植物にまで影響を及ぼし、多くはモンスターの異常発生が起こっている場合を指す。
そうした環境では定期的なモンスターの間引きを行わないと、スタンピードと呼ばれるモンスターの大量発生など、それらが魔境を出て人里に被害を与える災害に繋がる。
こうした危険が身近に存在するからこそ、冒険者などといった定職に就かない武力の担い手が一定の支持を得ているのだ。
「じゃあ、帰るか」
「そうだn」
「おいあんた」
二人がカウンターを離れ、宿に戻ろうかとするところで、横合いから声がかかった。
そちらを見ると、『絶世の』とは付かないまでも大分整った容姿をした美男子が立っている。
身長はザザに及ばないまでも平均よりは高く、肩から腕や胸板、太ももなどにはしっかりとした筋肉がついた体格。
明らかにキャラデザに力が入っている男であった。
同時に、どうせすぐに退場するので名前はモブ男で十分だろう。
「俺は最近この辺りに来たのでわからんが、パパ活とかいうやつではないだろうな?」
「……はあ?」
エルサイノスから漏れ出す気配が黒々とした色に染まっていくのを感じながら、その勘違いも致し方ないというのが正直な感想であった。
歳よりも老けて見えるパッとしない男と、普人からすると若々しく見える──いや、例え若く見えなかったとしてもあり得ないほどの美貌の持ち主が親しげにしていれば、何かしら尋常ではない関係性を疑われるのは論理的には間違っていない。
ザザはモブ男の判断を妥当としつつ、彼に訪れる運命を哀れに思った。
その様子を見ている周囲の人間からは、モブ男に向けた憐憫と嘲笑が漏れ出ている。
耳をすませば、
「おいおいおい」
「死ぬわアイツ」
「ほう。ドワーフ製の武具ですか……(装備は)大したものですね」
「なんでもいいけどよォ、相手はあのメイフォン夫妻だぞ」
などというやり取りが聞こえてきそうだ。
「何でも若い女性に金銭を与え、パパと呼ばせたりするとか聞くが、あんたがそうなんじゃないかと訊いているn」
────ゴン。
ザザの予想どおりの未来はすぐに訪れた。
いつの間にかモブ男の背後に回ったエルサイノスの手には、シュウシュウと煙を上げる(イメージ図)メイスが握られていた。
「失礼なことを言うな。私が金を払って相手をしてもらっているとでも言うのか」
逆だぞ。
「……はあ。おい、こっちは連れて帰るが構わないか?」
「はい。状況はしっかりと見ておりましたので、大丈夫ですよ」
ザザがため息をひとつ吐いてギルド職員に問いかけると、問題ないという返答であった。
厳密にいうのならば、ギルド内──ギルドの構成員同士の争いは原則的に喧嘩両成敗ということになるのだが、ザザとエルサイノスのようにギルドからの信頼が厚い側が有利な裁定を下されることは多いし、単純にこの状況を見て変なやつに難癖をつけられたからシバいた以上でも以下でもないので、問題はないという判断は妥当である。
周囲の人間もエルサイノスの発言には『そっち!?』という顔をしていたが、下手に反応して火の粉が降り掛かってはかなわんとばかりにスルーした。
「よし、帰ろう」
まだ怒りが収まらないのかぷりぷりとしながら、もう一発くらいシバいとこうかとメイスを構えるエルサイノスな肩を抱いて宥めながら、定宿への帰路につくのであった。
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