深淵種をゴン(前編)

翌朝。

ザザは早朝から起き出して、宿の中庭で身体を動かしていた。

なんでも運動の前にしっかりと身体を動かしておくことでパフォーマンスが高まり、怪我もしにくくなるという話を聞いて以来、習慣化している。

一方のエルサイノスはといえば、出発の直前まで寝ていたため目がショボショボしているし髪もところどころほつれている。

そんな寝ぼけた様子で宿を出ても、無意識下のことなのか自然とザザの腕を自身に巻き付けるかのように動き、ザザもそれを受け入れて彼女の腰を抱くようにして歩き出す。


そんな様子に、宿の前を掃除していた女将さんは微笑ましそうに、生暖かい視線を向けている。

流石にもう慣れたものだが、結婚当初は恥ずかしく感じていたななどと考えている内にギルドに到着した。


現在は4の鐘と半鐘が鳴った頃。

約2時間ごとに鳴らすため、おおよそ9時ごろである。

朝のピークはとっくに過ぎて、また人もまばらなギルドを受付に向かって進んでいくふたり。

この頃になるとエルサイノスもやや覚醒し、髪などを手櫛で梳いたりと身なりを整え始めている。


「間引きの仮請けをしていたのだが」


「はい! 伺っております!」


昨日とは別の、若い受付がハツラツと答える。

本来はギルドの登録証を提示して書類にサインしてと、多少は手続きが必要になるのだが彼らクラスになると顔パス状態である。


「Aランクのメイフォン夫妻ですね! よろしくお願いします!」


「わかった。もう行っても大丈夫か?」


「はい! あ! いえ、ちょっとお待ち下さい!」


そう言って手元の書類をガサゴソとしだす受付の職員。

小さなメモ紙を取り出すとその内容をザザに伝える。


「えーっと、昨日のおふたりに絡んでいた方が同じ依頼を請けているので、念のため伝達しておきます。とのことです!」


わざわざ注意を促すくらいなら別の依頼を回せば良さそうなものであるが、これについてはギルドの職員を責めることはできない。

前述のとおり魔境の間引きは冒険者たちのメイン業務、冒険者ギルドの主目的のひとつであるので頭数は多ければ多いほど良いのだ。


そんな事情を考えながら、問題ない、ありがとうと返して依頼を受諾するザザであった。


「では、現地に向かう」


「はい! お気をつけて!」


◇◇◇◇◇◇


場所は変わって魔境の入口。

街からはそこそこ離れた森林の前である。


「あ、昨日の変なやつがいるぞ。もう1回ゴンしておくか?」


「放っておけ」


モブ男は今まさに木立の中に消えていくところであった。

現地ではそこかしこに冒険者がたむろしており、ギルド職員が指揮を執っている。


「あなた方は浅層の見回りです。あなた方は中層入口までの侵入を許可します。素材関連はこちらではありません。向こうに見える大型馬車の近くに担当者がおりますのでそちらにお持ちください…………」


忙しなく、しかしキビキビと働く様子に感心して見ていると、こちらに気づいて声をかけてきた。


「メイフォン夫妻、よく来てくれました。早速ですが、深層まで行っていただけますか」


「ああ、問題ない」


挨拶もそこそこに、仕事を割り振られる。

それを受けるザザの横では、エルサイノスのメイスの素振りをしている。


──ブオンッ、ブオンッ!


と、明らかにその細身から発せられるには不釣り合いな轟音に周囲の人間も注目している。

そんなことなどお構いなしとばかりに、エルサイノスは屈託のない笑顔をザザへと向ける。


「うむ。調子が良さそうだ!」


「それは良かった。じゃあ行こうか」


ザザの言葉に頷いたエルサイノスは、流石にここでは彼の腕を取るようなことはせず、適切な距離を開けて魔境へと足を踏み入れる。


◇◇◇◇◇◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る