第23話

人々の目の前に広がったのは、頭をほとんど剃り上げた若い男の姿だった。

彼は大聖堂の中央――この全マップの中心とされる建造物の中に座っていた。

その壮大な建築は、十棟以上の建物を合わせてもやっと匹敵できるほどの規模を誇っている。


崩れ落ちた瓦礫の中、天井の穴から差し込む陽光が、彼の座る場所を真っ直ぐ照らし出していた。

制服は整然と着こなし、その隣には血のこびりついた竹刀が置かれている。

静寂に包まれた空間では、舞い上がる塵の粒が金色に輝き、息が詰まるほどの冷たい空気を作り出していた。

その瞳は、まっすぐ教会の門を見据え――恐ろしく冷たい光を放っていた。


――場面はゾアとアコウの一行に戻る。

彼らは今、最後の仲間――アユミを探して移動していた。

次なる目的地は、地図の中心に位置する史上最大の古代大聖堂。


「なあ! ほっとけばいいんじゃねえのか? 試験に参加してるのに、自分で生き残れねえ奴なんざ落ちて当然だろ」

ブラウンが水を一気に飲み干しながら吐き捨てる。


「仲間になった以上、助け合うのが当然だ」

フェリクスが反論する。


「はあ!? お前、口の利き方知らねえのか?」

ブラウンが低く唸るように威圧する。


その空気を断ち切るように、ルーカスが口を開いた。

「やめろ。俺たちはあくまで補佐だ。作戦はすべて隊長のアコウが決める。お前らの出番じゃない」


言われて二人は黙り、ゾアがアコウにアユミの情報を尋ねた。


彼女の能力は獣化――いわゆる獣人系。ランクはD。それ以外の特筆すべき情報はない。


「その能力で生き残るのは難しいだろうな」

ブラウンがまた口を挟む。


アコウは淡々と答えた。

「クレイスを見てみろ。あいつはランクCだが、一人でクロウ団の幹部全員を相手にできる」


ブラウンは鼻で笑い、それを戯言だと切り捨てた。


実際、誰も知らなかったが、クレイスとキングはクロウ団の拠点を半壊させていた――ナサニエル不在の状態で。


――場面は、豪華な欧風の部屋に切り替わる。

高価な調度品に囲まれたソファに、優雅な紳士が腰掛けていた。


そこへ執事が恭しく入室する。

「旦那様、貴賓の方々がお越しです」


紳士は立ち上がり、上機嫌で客を迎えた。

十数名の貴族が談笑しながら大広間に入り、巨大なスクリーンの前に陣取る。


「今年の一年生は面白いな。あの血みどろの戦いぶり、ぞくぞくする」

老貴族が言えば、別の貴族が笑いながら応じる。

「生きるか死ぬかは我々次第だ。誰も賭けなければ、どうなると思う?」


「私はゾアに賭けたわ。あの能力は興味深い。間違いなく追放はされないわね」

気品ある貴婦人が微笑む。


主催者と思しき男がワイングラスを傾け、会話に加わる。

「軍部からの試験官もいるだろう。弱者を何人か拾い上げるさ。私なら全員追放するがね」


貴婦人が笑う。

「全滅したら、誰が私たちを守るの?」


別の男が下品に笑った。

「ヒトミが生きていれば問題ない。あの女はよくやっている。地位さえなければ、私の女にしているところだ」


――こうして、貴族たちは多額の金と共に、優秀と認める者へ票を投じる。

生き残って功績を上げれば莫大な利益、失敗すれば大損だ。


ヒトミは、彼らが学生の命を弄んでいることを知っていたが、どうすることもできなかった。

彼らは歴史的英雄の末裔であり、現在の平和を支える礎なのだから。


――再び戦場へ。

アコウとゾアは大聖堂の目前に陣を構え、高所から他チームの動きを監視し、カードを奪う機会を窺っていた。

もしアユミが賢ければ、アコウが中心で待ち構えていることを察するだろう。


なぜ中心なのか?

それは、制限区域に放り込まれた際、もっとも予測しやすいのが地図の中心だからだ。

周囲は東西南北に分かれるが、中心は一つしかない。しかも大聖堂はひときわ目立つ。


アユミには位置追跡装置を付けていない。女性だからこそ、アコウはそれを尊重した。


――ブラウンが教会を一周して戻ると、興味深い話を持ち帰った。

試験開始以来、中心に居座り続ける男がいるという。

相手がランクAでもBでも構わず、ランクDの力で次々と打ち破る。

日々戦い続け、敗北なし。近づく者はすべて倒され、捕らえられた女子は人質として扱われ、食事と水を与えられているらしい。


「じゃあ、そいつは食料をどうやって手に入れてる?」

ゾアが疑問を口にする。


食料は一日三回、ランダムな場所に投下され、争奪戦が起きる。

アコウの才覚で彼らのグループは一週間以上持つ備蓄を確保しており、クレイスやキングもよく食料をもらいに来ていた。


ブラウンが説明を続ける。

「教会には天井の穴から直接食料が落ちてくる。だから多くの勢力が集まり、そいつに撃退されるんだ。食料がなけりゃ誰も好き好んで突っ込まねえ」


そして噂では、教会にはカード番号3を持つ少女が囚われているという。


その話に興奮し、作戦を立てようとする一同を、アコウが制止した。

「相手の実力も知らずに突っ込むな。そう簡単に全員倒せるわけがない」


ゾアが提案する。

「じゃあ俺が行って試してくる。危なくなったら引く」


「もし奴が罠を張って退路を塞いでいたら?」

アコウの問いに、ゾアは黙り込む。


重い空気を変えるように、フェリクスが口を開く。

「イチカワ並みに強い奴なんていないさ。せいぜいキングと同等だろ。弱い相手ばっかりだから勝ててるだけだ」


その言葉に、アコウは驚いた。フェリクスは偶然にも彼の疑念を言い当てたのだ。

そしてアユミがその囚われの一人である可能性も高い。


「じゃあ戦略は?」

ゾアが問う。


「ルーカス、お前が偵察に行け。一人なら速いし、転移能力もある。危なくなれば逃げられる」

アコウはそう指示した。


ゾアも同時に突入して失敗すれば、主力を一気に失う。それを避けるための最適解だった。


全員が同意したその時――


――大聖堂の地下階。

赤い殺気を纏った破れた革ジャンの大男が、堂々と中央に歩み寄る。


「食料はここか、コラ!」

キングが傲然と叫ぶ。その声には自信と力が漲っていた。


瓦礫の上に座っていたスキンヘッドの男が、竹刀を握りしめて立ち上がる。

冷たい瞳で見下ろし、嘲るように言い放った。


「また死にに来た馬鹿が一人か」


キングはそれ以上言わず、黒鉄のガントレットを打ち合わせ、金属音を響かせる。

口元に笑みを浮かべ、瞳を燃やした。


「男なら拳で語れよ、な?」

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